2017年5月30日   僧侶 唯心

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    奥さんを亡くされた若いご主人が、みんなそろそろ前を向け、前を向けって言うけれど、どうやったら前を向けるんだよ、教えてくれよと、周りの人に当り散らしている映画がありました。

     

    お坊さんもよく、亡くされた方の供養をされている方に対して、「前を向く」という表現を使うことがありますが、そのシーンを見て、無造作にこの言葉を使うのは、気を付けなければいけないなと思ったものです。ただ一つ言えるのは、世間では前を向くってどうすればいいのと聞かれた時に答に窮して終わりかも知れませんけれど、お寺にはその答があるということです。

     

    正しい形に則ってお参りをしていると、自分が前を向こう、などと意識していなくても、いつの間にか心が調い、自然と心が前を向いている、お寺のお参りというのは、そういうものです。仏さまの教えというものは、そういうものです。

     

    どうかご安心なさってください。しっかりとお参りさえしていれば、ペットを亡くしたあなたの辛いお気持ちも、ペットさんを供養してあげようというあなたの優しいお気持ちも、すべてが功徳となって積み重なり、ペットさんの供養を、自動的に、自然に前へ前へと進めて行くのです。

     

    慈妙院動物霊園

     

     

    jimyouin * ペット供養 * 16:38 * - * - * - -

    古より軍神と呼ばれて、今は・・・

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      2017年5月13日(土) 僧侶大鐵

       

       5月8日はアンリー・デュナンの誕生日です。え?!知らないって。それなら「赤十字の日」これならご存知ですか?赤十字とは戦争や災害があったときに真っ先に支援に向かう団体さ。怪我や病気をしていたら国、民族、犯罪者関係なく治療、手当て、支援を行います。その赤十字を作った人がアンリー・デュナンさ。因みに第1回ノーベル平和賞受賞者。最初の受賞者です。以後、お見知りおきを。

       話は変わって、今日、東司(お手洗い)で大きなゲジを見ました。多足動物でムカデやヤスデ、グソクムシと同じ仲間。今は害虫の厄介者。しかし、古より日本では軍神として称えられたときもあったのさ。虫をはじめ、長い虫は軍神として特に崇められ、武田信玄が百足隊を結成し、百足の旗まであるくらいです。それは虫は前には進むが後退しないから。虫は後退する術を知らないわけではありません。しかし、どんな大物が近づいても前に進み、取りあえず相手に向かっていきます。意外に相手に向かうほうが逃げれるんだぜ。一寸の虫にも五分の魂を見せ付けるのさ。

       これから夏が本格的に到来し、虫の季節となりますが、作物を荒らす虫には殺虫剤を散布し駆除されます。しかし、殺虫剤は害虫を駆除するものではなく、害虫を食べる他の動物たちも駆除してしまう可能性もあります。量によっては人間の体にも害を与えてしまいます。

       ただ言えることは、命は大切にしましょう。奪った命は供養する気持ちを持ちましょう。毎年、収穫の時期に行う地域もあります。それを虫供養といいます。世界広しといえどもこのようなことをするのは日本だけかも知れませんね。

       私たちも知らず知らずの内に命を奪っております。それは生きるためでもありますし、自分たちの感情を引かせるためでもあります。どんな理由にせよ懺悔する気持ちをなくさないようにしましょう。

       

      jimyouin * - * 17:23 * - * - * - -

      2017年5月11日   僧侶 唯心

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        慈妙院の仏間に「釣月耕雲」の額が掛かっています。

        意味を尋ねられて、禅語だとは思いましたが正確に分からなかったので、禅僧である大鐡和尚にお聞きしてみました。

         

        これは道元禅師の「永平広録」に出てくる言葉で、月を釣り雲を耕す、つまり、ただ生活の糧を得るためだけに働く(=魚釣りをしたり畑を耕す)のではなく、天地自然の中で悠々と自在に遊ぶのが修行生活のあり方だということを示す語だそうです。

         

        お参りの際に壁に掛かっているこの言葉を目にしたら、是非、心を休めてくださいね。

         

        ペット供養・葬儀・火葬・法要

        慈妙院動物霊園

         

         

        jimyouin * お寺の日常 * 16:40 * - * - * - -

        2017年5月1日  僧侶 唯心

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          ペットさんが亡くなって四十九日目が満中陰、100日目が百か日、1年目が一周忌、まる2年目が三回忌、まる6年目が七回忌です。

           

          その後は十三回忌、十七回忌、二十三回忌、二十七回忌、三十三回忌というふうに、3と7の付く年に年忌法要をするのが正式です。

           

          四十九日まではまだ仮の仏さまで、皆様のお気持ちが49日分積もって、満中陰の日に無事極楽往生、正式に仏さまとなってペットさんは極楽浄土にたどり着かれます。

           

          とは言うものの、こちらの気持ちが四十九日でぴったり癒えるとは限りません。一周忌の法要でさらに心を調えるまでにはまだまだ日があるのに、何でしょう、このつらい気持ち、どうしようもない悲しさは。

           

          そんなくらいの微妙な時期に行う法要が百か日の法要です。人間の法要でも、百か日はご家族だけで行うことが多いのですが、それは100日目というのが本当に近しい人たちが悲しむ日だからなのかも知れません。

           

          そして先ほども言いましたように、1年目が一周忌、まる2年目が三回忌、まる6年目が七回忌というように、法要を行う期間は少しずつ少しずつ長くなって行きます。

           

          日にちが経てば悲しみが癒えるとは必ずしも限りませんが、少しずつ少しずつ、ゆっくりとお参りしていれば、少しずつまたゆっくりと、段々心が調って少しは心が軽くなって行く、その行程と供養の深まり度合いというのは正しくぴったりと比例するものです。

           

          なぜ3と7の付く年に法要を行うようになったかは諸説ありますし、私にもわかりませんが、心を癒すための絶妙なタイミングを、昔の人たちが自分たちの経験に即して決めておいてくれた目安が、年忌法要なのだと思います。

           

          慈妙院動物霊園

           

          jimyouin * 四十九日供養 * 14:26 * - * - * - -

          私に聞いてよ

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            2017年4月21日 僧侶 大鐵

             

            4月8日はお釈迦様の誕生日です。お釈迦様は今から約2,000年以上前、一説によると紀元前463年頃にネパールのルンビニ園にて誕生されました。伝説になりますが、生まれてすぐに、立ち上がり七歩歩み、右手を天に向け、左手を地上に向け「天上天下唯我独尊。」と唱えました。これは「天にも地にも私という存在は唯一無二の存在だから尊いのである。」という意味です。たまに辞典では「自分勝手」と訳されたものもございますが、元来は個人の尊厳を含む意味です。

             

             最近、SNSが普及してきて、我が子の誕生に喜んだ親が誕生したばかりの我が子の写真を撮り、SNSに載せている記事をよく見かけますが、我が子、赤ん坊に許可は取ったのでしょうか?赤ん坊といえども生まれたての裸の写真を公然に曝すなんて、子が成長してそれを知ったらどう思うでしょうか?配慮が足らないと思います。特に女性なら尚更嫌なのではないでしょうか?本人の許可なく何でもしていいものではありません。せめて、服または襦袢を着せてからにしましょう。

             

             もう一度言います。お釈迦様が誕生して「天上天下唯我独尊。」と唱えましたのは個人の尊厳は誕生した瞬間、否、子を宿した瞬間から生まれ、そしてそれはどんな人にでも個人の尊厳があることをお示しになっております。生まれの違いはどうすることも出来ません。しかし、どんな人も尊厳を持っております。だからこそ、自分を大切にすると同時にあなたが好き嫌いにかかわらず、他の人も大切にすべきなのです。さらにはその気持ちや行動がどんなものにも向くとより良いものになるに違いありません。

            jimyouin * - * 17:01 * - * - * - -

            戒名料

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              2017年 4月9日(日) 僧侶 大鐵

               

               最近、こんなことがありました。ある僧侶が戒名料を取る僧侶は許せないと言ってきたことです。話を聞くとどうやら大切な人を亡くした女性が近所の有名な寺院に葬儀のお願いに行ったそうな。その女性は法外なお布施と戒名料を請求されたそうな。私はその寺院さんにも事情があるし、そもそも檀信徒でもない人が急に来て戸惑ったのではないでしょうか?と言いました。さらにいくら請求されたかは明らかになっていませんので、私は冷静に双方の話を聞きたいと言ったのですが、僧侶が悪い僧侶が悪いの一点張り。いつしか中立の私が寺院側の肩を持ったと言われ私が責められる始末。

               確かに昨今の寺院は規模が大きな寺院になると高級車を何台も持ち、自分は仕事をしないでゴルフ三昧な住職もいます。「坊主丸儲け」という言葉は死語になった験しがございません。そんな固定観念が今回のお布施や戒名料のことになったと思います。僧侶ならお金の話の前にまずは来るもの拒まずで話を聞いて回答したほうがいいのでしょうか。でも、結局はお布施などの料金の話になるのです。それはお布施が不明瞭な点も上げられます。最近は寺院にも所得税が掛かるようになり、お布施や戒名料も決められている寺院も多いのも事実です。僧侶も生身の人間、食事もするし、お参りに移動手段として自動車もいる。子供が学校行くのにそれなりに教育費が掛かりますし、法具などは購入者が寺院しかないから、割高。お袈裟、衣はオーダーメイド。衣のクリーニングはスーツを洗うより高い。地味な法衣を着ていくと嫌味を言われ、金襴のお袈裟を着けると「坊主丸儲け」と言われる。

               僧侶とは一体何でしょう。世間のストレス解消に言いように使われている気がします。僧侶は怒らず、私たちを受け入れてくれるものと勝手なイメージでこのように思われたらそうするしかありません。しかし、人の優しさに付け込むことはよろしくありませんよ。

               確かにろくでもない僧侶はいます。でもしっかりした僧侶もいるのです。天上天下唯我独尊。人を領域で見るのではなく、一個人として見ましょう。皆それぞれ違って当たり前なのです。

              jimyouin * - * 17:47 * - * - * - -

              2017年4月8日   本日の担当 僧侶 唯心

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                ペットのお葬式をされた方が、翌日にもう一度訪ねて来られて、昨日のうちのペットが生き返ってませんでしょうか? と仰いました。

                 

                お気持ちは重々よくわかります。

                この悲しい出来事が、何かの間違いであればと思う、そのお気持ちは、痛いほど、よくわかります。

                 

                   ※   ※   ※

                 

                明日4月8日は仏誕会(ぶったんえ)と言って、お釈迦さまがお生まれになった日です。

                お釈迦さまが2500年前のインドに生まれて、29歳で出家し、35歳で悟りを開かれたところから、仏教が始まりました。

                さて、お釈迦さまの時代のインドの話です。キサー・ゴータミーという名の、自分の幼い子供を亡くした女性がいました。

                半狂乱になった彼女は、お釈迦さまが本当に偉い方なら、どうか自分の子どもを生き返らせてくれと言ったそうです。

                するとお釈迦さまは、では生き返らせてあげよう、そのために薬を作ろう、その薬はケシの実から作ろう、もしもお前が死者を一人も出したことのない家からケシの実をもらってくることが出来たなら、子どもを生き返らせるための薬を作ろうと答えたそうです。

                ゴータミーは必死になってケシの実を探しましたが、死者を出したことのない家は一軒もなく、そして遂に彼女は、葬式を出したことのない家はひとつもない、すべての生き物は必ずいつかは亡くなるのだという、単純だけれども動かしがたい真理を、たちまちの内に了解して、お釈迦さまの弟子になり、後々は立派な長老の尼僧になったということです。

                 

                   ※   ※   ※

                 

                とは言うものの、お釈迦さまも最愛のお弟子に先立たれた時は、ずいぶん悲しまれたということです。

                ただ、悲しいけれど、そこから前に進めないか、いや、進めるんだ、ではどのように? ということを説いてくださったのが、お釈迦さまの教えです。

                 

                仏教寺院である慈妙院でペットさんのお葬式を挙げてくださったことは、皆さまの何よりの法縁です。

                 

                明日は仏誕会です。

                どうぞ、皆さま、お参りください。

                 

                慈妙院動物霊園

                jimyouin * お寺の日常 * 16:09 * - * - * - -

                只のものは何一つない

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                  2017年3月30日(木)平野 晃嗣

                   

                   あるニュースで仏壇のお炊き上げの映像が放映しておりました。そこで仏具店の方が最近は「独り世帯が多くなり仏壇を作るより、お焚き上げのほうが多くなりました。寂しい限りです。」ということを言っておりました。

                   

                   2013年の調査によると、仏壇の保有率(2人以上で暮らす世帯)は39・2%だった。これを、住宅種類別で比較したデータによると、一戸建てでは半数以上の51・8%が仏壇を保有していたが、マンションなどの集合住宅では21・1%にとどまった。

                   

                   これからは核家族ならずに単身一代限りの世帯が増えるに従い仏壇保有率は減ると思います。「仏壇」の本来の意味は、文字通り、仏像や仏具を飾り、仏様を祀る台のことです。家庭のお仏壇は、寺院にあるお仏壇(内陣)を小型にして、厨子と一体化して箱型にしたものです。ですから、お仏壇は家の中のお寺のような存在です。

                   

                   仏壇が無くともお寺参りをすれば特に問題はありません。現に寺院にお参りする人は増えている傾向にあります。

                   信仰の形式が変化したのであり、そこは宗教者が柔軟に対応しなくてはならないのではないでしょうか。

                   

                   私は最近、雛人形の人形供養を対応したことがあります。雛人形は女子の守り神として代々母から子、孫へと受け継がれ、100年ものの人形も珍しくない。そんな雛人形を何の惜しみもなく供養するとは供養という名の処分に等しいと思います。それは依頼されれば、精抜きをし、お焚き上げはします。でも私としてはものを大切にする心を失って欲しくありません。

                   

                   仏壇も雛人形もそこに気持ちが入らなくなったらそれは只の箱になり、人の形をした置物となります。「これを護惜(ごしゃく)すること眼晴(がんぜい)の如くせよ。」という言葉があります。ものは自分の眼のように大切に扱いなさいという意味です。大切に扱う気持ちを持つことは仏の行いと同じになるのです。

                   

                   除夜の鐘も最近、裁判で騒音と判決されて中止になっているお寺も増えているそうです。これも結局、鐘の音ではなく、騒音としか思わなくなった現われではないでしょうか?お寺の鐘は戦争で鋳造されたと思いきや結局鋳造できずに戻ってきた鐘がほとんどでした。しかし。扱いが雑だったためほとんどの鐘が割れてしまい鳴らせなかったそうです。今でも鳴っている鐘は戦争で使われずにきれいな形で残った奇跡の鐘とでも言うべきものです。「平和の鐘」といわれるのもその由縁です。だから、除夜の鐘は1年の無事を祈ると同時に恒久の平和を願うものなのです。それを無くすならそれは世の流れと思いますが何か大変な落し物をしていないでしょうか?

                  jimyouin * - * 16:26 * - * - * - -

                  2017年3月28日   僧侶 唯心

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                    人間と動物は何が違うのかというとをいつも考えていて、先日、慈妙院の仏間に置いてあった「ワニはいかにして愛を語り合うか」という古い文庫本を読んでみた、という話を書きました。

                     

                    今読んでいるのは「サピエンス全史」という分厚い本です。
                    こちらは新しい本ですが、図書館で借りました。

                     

                    あちこちの新聞の書評欄で紹介されたようですから、ご存知の方もあるかも知れません。

                     

                    我々、現生人類=ホモ・サピエンスが他の原人や類人猿と何が違い、どう進化したか、人類の文化や宗教が進化とどう関係があるかを、人類の発生から未来に掛けて解き明かす内容で、世界中で読まれているそうですが…

                     

                    最終章では今話題の「AI」の発達が、人類の進化にどんな影響をもたらすかという所にまで話が及ぶそうで、ゆっくり時間を掛けて読んでみたいと思っています。

                     

                     

                    動物・ペットの火葬・葬儀・供養なら

                    慈妙院動物霊園

                    0120−52−1059

                    jimyouin * お寺の日常 * 10:36 * - * - * - -

                    備えを大切に・・・

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                      2017年3月14日(火) 僧侶 大鐵

                       3月11日は今から6年前午後2時46分20秒に東北沖を震源地とし発生した大地震、東日本大震災が起きた日です。

                       

                       その時を境に日本だけでも毎年多くの大災害に見舞われることになりました。鬼怒川の氾濫、広島の土砂災害、熊本地震、御嶽山の噴火、鳥取地震、糸魚川市の大火災など。この6年間に毎年どこかで災害に遭遇し避難所生活を強いられる住民の映像が流されました。

                       

                       私たちも例外ではなく、いつ、自分の身に起きるかわかりません。起きたら防ぐことは不可能ですので自分の身を守るために色々と準備をしないとなりません。特に必要なのが、いざというときの防災備品です。この表はあるインターネットで載っていた防災備品です。何か足りないものはありませんか?考えてみてください。

                       

                      防災備品

                       

                      • 飲料水
                      • 保存食(レトルト、インスタント、クラッカー、缶詰など)
                      • 食器
                      • 常備薬(持病の薬、怪我の薬、)
                      • お薬手帳
                      • 衣類(着替え)
                      • 寝具
                      • 雨具
                      • 懐中電灯
                      • 携帯ラジオ
                      • スマホ(携帯電話)
                      • 携帯トイレ
                      • 現金・カード
                      • 身分証明書・保険証
                      • 通帳・印鑑
                      • 缶詰を切る缶きり
                      • 乾電池(単○)
                      • トイレはあるがどこでしますか?トイレの目隠しなど。

                       

                      これだけでも色々考えがあるでしょう。老若男女で準備するものは全然違ってきます。災害時はストレスが溜まりますので娯楽用品もあるとちょっとしたストレス解消になります。

                       

                       次に災害が起きると真っ先に駆け込むのが避難所ですが、避難所について皆さんはどの程度理解されておりますか?私が持っているのは私の地元三重県桑名市の避難所マニュアルの一部です。

                       

                      • 避難所は避難してきた人が全員入れるかと言えばそうでもありません。市役所の避難所マニュアルを読みましょう。家が全壊した家族優先です。現実は早いもの勝ちです。入居は区域全体の16%くらいだそうです。
                      • 学校は教室もあるから避難所が多いと思いきや各教室は救援物資の倉庫になったり、本部にしたりします。
                      • 避難所の運営は誰がするか?ご存知ですか?入居した者が皆で役割分担して行うのです。行政の職員は他の業務で手一杯でとてもそこまで手が回りません。
                      • 避難所に行けなかった人たちは自宅やテント、車、集会所、寺院などで過ごす事になります。

                       

                       ですから避難所の運営シュミレーションをする必要性が出てきます。先ほどの防災備品も併せて、自分が本当にこの備品で過ごせるか?ということも検証するとより効果的です。

                       

                       残念ながら、避難所運営、防災備品に関しては正解はありません。自分たちが如何に寄りよく過ごせるかを考えてください。今は様々な行事、講習会に取り入れて地域で行っております。実際に体育館で寝泊りする行事を行っているところもあります。一度市役所に問い合わせてみるのもいいと思います。

                       

                       避難所は色々な役割があります。今は一言では言えませんが、自分に何が出来るかを見極めることも大切な防災です。被災とは不便な生活を強いられますので、一度、電気が使えない生活や水道が使えない生活、アウトドアでも避難所を想定したことをすれば十分意識が高まると思います。頻繁にとはいいません。季節の変わりごとに年4回はすることをお勧めします。

                       まずは備品を備える。不便な生活を楽しむ。それから初めては如何でしょうか?

                      jimyouin * - * 10:40 * - * - * - -
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