ペット供養と初詣の話を再び

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    2018年1月9日 僧侶 唯心

     

    大鐡和尚が年末に慈妙院動物霊園でお葬式をされた方たちから「ペットが亡くなりましたけど初詣に行っていいですか?」という質問を、何度か受けたそうです。

     

    このブログでも回答して下さっていますが、和尚のお答えを簡単にまとめさせて頂くと…

    「昔から死=穢れという信仰があったから喪中に初詣に行かないという習慣が発生したと言われておりますが、穢れとは「気が枯れる」即ち近親者が亡くなり落ち込んだ状態を表しているので、そんな時に神社に参拝しても参拝に集中できないことから、無理しないでもいいですよという優しい慈悲の気持ちから来たのだと思われます。

    そもそも神社の参拝は今まで無事に過ごせましたという感謝の気持ちと恒久の平和を願って行うものなのですから、自分の気持ちが調っていないと願掛けも心から行えないで、気持ちが落ち着いてから初詣を行えばいいのではないでしょうか」

    …といったところです。

    多分どの宗派の僧侶にお聞きしても、仏教の立場からは似たような解答が導き出されるでしょうから、大鐡和尚は禅宗のお坊さんですが、簡潔に明快に答えてくださったなあと思います。

     

    さて、これとはちょっと違った質問を私も慈妙院で受けたことがあります。

    ペットさんの喪が明けて、もう初詣に行っても良いとなった時に、神様に対して亡くなったペットの冥福をお祈りしてもいいものでしょうかというご質問です。

    慈妙院は天台宗という宗派のお寺ですが、こちらでは「神様」と言う存在は、仏法を守護する生命体だと考えていますので、お坊さんが神社や神様をお参りするための作法があります。
    けれど、みなさんが初詣に行かれる時は普通の作法で結構ですから、いつも通り、初詣の時にお願いしていることがあるなら、それをお願いして、その上でペットさんの冥福も併せて祈りましょう。

    良いことを、良い言葉でお願いするならば、どんな言葉で祈ってもいいと思います。こちらのお寺でペットさんを供養をされている方ならば、それを踏まえて、初詣の時に神様にペットさんの冥福を祈ることも、仏教的に決して間違いではありません。
    「どんな言葉がふさわしいか自分で考える」ことも供養です。

    jimyouin * ペット供養 * 11:00 * - * - * - -

    初詣行くべきか?!

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       2017年12月3日 僧侶 大鐵

       

       「ペットが亡くなりましたけど初詣に行っていいですか?」

      こんな質問を最近よくされます。近親者が亡くなった時、よく神社にお参りするのは宜しくないとか言われているからと思います。年賀状も出さないで寒中見舞いにするのが礼儀のように書かれている書籍も存在します。それは昔から死=穢れという信仰があったからと言われております。穢れとは汚れや汚いというイメージを抱いてしまいますが、この言葉は「気が枯れる。」が派生した言葉でございます。近親者が亡くなり落ち込んだ状態を表していると思います。そんなときに神社に参拝しても参拝に集中できないことから、無理しないでもいいですよという優しい慈悲の気持ちから来たのかも知れません。

       そもそも神社の参拝は今まで無事に過ごせましたという感謝の気持ちと恒久の平和を願って行うものなのです。ですから、自分の気持ちが整っていないと願掛けも心から行えないと思いますので、自分の気持ちが落ち着いてからで本当にいいのでそのときに行ってください。

       因みにお寺はそのようなことはありません。むしろ、自分の気持ちを整えるために参拝してください。本来お寺は気軽に訪れるものだったのですが、近年その状況は変わりつつあります。これは僧侶の責任です。本当に心を整えなくてはならないのは僧侶かも知れません。

      jimyouin * - * 17:02 * - * - * - -

      ペットの神様

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        先日、お葬式に来られた方たちが、葬儀も出棺も終わってお別れ室を出る時に、係りの人に声をお掛けになったそうです。

        後から係りの人が私に、あの方たち、何か仰ってませんでしたか?と尋ねたので、そのことを知りました。

         

        いいえ、何も仰ってませんでした、どうしましたかと私が聞くと、係りの人が言うには、「うちのペットは、どの神さまのところに送ってもらえたんでしょうか?」とお尋ねになったそうです。

        係りの人は慌てて、そんなことを聞かれても自分はお坊さんじゃないし、何と答えたものか困ったそうですが、とりあえず「神さまじゃなくて仏さまですよ」と答えてくれたそうです。

         

        それを聞いて私は思わず係りの人に言いました。

        有難うございます。100パーセント完璧な答えです。

        応対としても、或いは仏教的にも、それだけで一点の不足もなく、十分です。

        その瞬間に質問された方の心の曇りも悩みも、一瞬にして晴れたことであろうと私は思います。

         

                      本日の担当 僧侶 唯心

         

        慈妙院動物霊園

        jimyouin * お寺の日常 * 14:58 * - * - * - -

        犬の夢枕

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          慈妙院にペットさんの供養でお参りされてる方の中にも、亡くなったペットが夢に出てくると来ないとか、出てきてほしいのに、といった類のお話を、参拝者同士でされている方たちがおられます。

           

          それは皆様それぞれの思いですから、それを小耳に挟んでも、とやかくは申し上げないのですが…

           

          先日のことです。

          ある女性の方が質問されました。

           

          「お家で寝ている時に、いつも亡くなった犬が肩を叩くんだと、知り合いの男性が仰います。どうしたものでしょうか?」

           

          他の宗旨のある種の宗教家の方ならば、ペットさんが肩を叩く意味や、それならどうしなければいけないかを教えてくれるかもしれません。

          普通の人なら、単純にペットが会いに来たんだよとか、反対にそんなの気のせいだとか、言うかも知れません。

           

          お寺の場合は違います。

          対機説法、応病与薬と言って、お医者さんが症状に応じて薬を出すように、同じ質問であっても、状況によって答が違います。

          犬に肩を叩かれるその方が、どんな思いでいるのか、嬉しいのか、怖いのか、戸惑っているのか、まずそこが大事です。

           

          今度その男性ご自身が、その犬の法要のために来られるそうなので、もしも私が出仕している日にお越しになるならば、ぜひお話を伺いたいものだと考えています。

           

          慈妙院動物霊園

          僧侶 唯心

          2017年10月25日

          jimyouin * ペット供養 * 11:21 * - * - * - -

          猫の勤行

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            職員の方、スタッフの方たちもみな一緒に、お寺では朝の勤行を行っています。

            さて、朝いちばんでお葬式に来られた女性の方に、先ほどお堂からお経の声が聞こえてきた時に、お堂の前に猫ちゃんたちも集まってきてましたけど、猫ちゃんもお勤めに参加するんですか? と質問されました。

            あはは、いえいえ、そこまでは修行ができておりませんので、と答えてしまったんですが、それから後で思い当たりました。

             

            こんな答が咄嗟に出たのは、私の心のどこかに、その方が期待しておられたであろう、「そうです、みんなに可愛がられてるこの子たちはお利口さんなので、毎日、勤行に参加しているんですよ」みたいなお答えをしたくないという、ちょっとひねくれた気持ちがあったからに違いません。

            そういう意味では、修行が足らないのは猫ではなくて、私の方ですね。

             

            ではどんな答が、この場合ふさわしかったのでしょうか?

            例えば…

             

            (ごく普通に)ええ、そうなんです。いつものことなんです。

            △呂ぁ¬臍阿両僧、習わぬ経を読む、ということわざもある通りですね…

            実を言うと、彼らの方が私より、よっぽど修行が出来ていて、いつも教えられることばかりなんです。

             

            今の私の気持ちとしてはまさにH屬任后

            なぜって、現にこうして、その後、自らを省みて、今、この文章を書いている私に、うちの猫たちが、その仏縁を与えてくれた訳ですから。

            猫の気持ちに詳しいうちのスタッフの方から、猫たちによろしく伝えておいてもらうことに致しましょう。

            生きとし生けるもの全てが、共に仏法を学ぶ法友、善友なんですね。

             

                                         本日の担当 僧侶 唯心

             

            慈妙院動物霊園

            jimyouin * お寺の日常 * 17:20 * - * - * - -

            慈妙院動物霊園境内の独鈷水

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              慈妙院動物霊園は天台宗のお寺である医王山慈妙院が運営するペット霊園です。

              動物霊園は設立以来、30年ほどの歴史ですが、お寺自体は650年ほど昔に慈妙上人というお坊さんがお開きになりました。

              独鈷(とっこ)という仏具でこの境内を慈妙上人が掘ったところ、きれいな水が出たという伝説の井戸が境内にある独鈷水の井戸です。

               

              先日、地域の広報誌にこのことが紹介されて、訪ねて来られる方が増えました。

              有難いことですが、その記事では「独鈷」の読みを「ドッコ」と表記してあるのが、ちょっと気になります。

              辞書によれば「どっこ」とも読む、と書いてありますが、通常、お寺では「とっこ」と発音します。

              また、慈妙上人が土を掘っている挿し絵に長い杖の絵が描いてありますが、独鈷は手で握れるくらいの小さな仏具です。

              この絵では、錫杖か金剛杖みたいに見えますが…

               

              それはともかく、今は独鈷水の井戸の水量が少なくなりましたが、まだ何とかわずかに面影を残しています。

              また道路沿いの慈妙院の大きな緑色の看板の少し下に、大正時代に村の方たちが建てた「独鈷井水霊地」という石標があります。

              いつもペットさんの供養にお見えになっている参拝者の皆様の内、何人くらいが気がついておられるでしょうか?

               

                       本日の担当 僧侶 唯心

               

              慈妙院動物霊園

              0120−52−1059

              jimyouin * お寺の日常 * 17:14 * - * - * - -

              ペット合同墓地のお塔婆の話

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                慈妙院の合同墓地には塔婆を建てて頂けますが、お寺のルールで建立のお申し込みから半年たったらお下げする、ということに決まっています。

                 

                先日、毎月熱心に本堂での特別供養(一組でのご法要)を営まれている方が、お墓にお塔婆も建てておられるのですが、半年たった時に塔婆取り下げの連絡をしてくれなかったから、塔婆がなくなっていることに気づかなかった、どうして教えてくれなかったの?と仰いました。

                 

                実を言うと、元々、慈妙院では塔婆の取り下げ前にご連絡するというルールはなかったのですが、どこかでこちらの説明か、あちらのご理解かに食い違いがあったようです。

                 

                そして、その日もその方たちは月命日の法要を本堂でなさるためにお見えになったのでした。担当の僧侶は私だったので、私が経緯をご説明させていただくことになりました。

                 

                そうしたらこちらが口を開くか開かぬうちに、その施主の方が、いやあ、こちらも勘違いしててすいません、これからはちゃんと家で申し込んだ日を記録して、覚えておくように気を付けさせて頂きますと仰ってくださいました。

                 

                ああ、それを仰って頂けるならば、何よりのご供養です、係りの職員さんたちもそれを聞いたら喜びます、きっとペットさんも喜んでおられることでしょう、もちろん仏さまもお喜びです、こちらからこんなことを申し上げるのは僭越ながら、そうしてお互いが気を付けて、気を遣い、誰も彼もがそうして心を調えること、頭を低くすることこそが功徳であって供養です、そう仰って頂いて嬉しく思います、本当に有難うございましたと申し上げてから、ご法要のお経を上げさせて頂きました。

                 

                 担当 僧侶 唯心

                 

                慈妙院動物霊園

                ペット供養・火葬・葬儀・納骨

                0120-52-1059

                jimyouin * お寺の日常 * 17:15 * - * - * - -

                切実な問題

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                  2017年7月21日(金) 僧侶 大鐵

                   

                   7月初旬に豪雨があり、九州、島根、小牧市と甚大なる被害がありました。さぞ辛いことだったでしょう。どうかこの困難を乗り越えられ、皆様が1日でも早く平穏な生活に戻れるよう心からお祈りしております。しかし、いつ自分の身に降りかかるかも知れません。今のうちに対策を考えておいてください。

                   先日、大山のぶ代の夫、砂川啓介さんがお亡くなりになりました。ここには現代に抱える切実な話が隠れております。2人のお子様は幼いころ亡くされており、夫婦2人で暮らしてきました。大山のぶ代さんが認知症を患ったときも夫の砂川さんが介護をしてきたそうです。これが今、問題になっている老老介護の現実です。砂川さんは癌が発覚したときは流石に介護が出来ずに介護施設に大山のぶ代さんを入居させたそうです。

                   このほどお亡くなりになったとき、誰が葬儀の喪主や施主を務めるのか?お骨はどうなるのか?お墓の管理は誰が行うのか?色々な問題を孕んでおります。これはいつしか所謂、無縁仏となってしまうのではないかという不安もあります。

                   昨今、無縁仏は切実な問題となっております。大阪市では9人1人が無縁仏では無いかと言われております。縁、縁起とは決して血縁だけが縁起ではありません。友達や職場の仲間、趣味の仲間、今では墓友と呼ばれる合同墓地

                  まであります。無縁にならない形は様々です。

                   私は大丈夫と思っているかも知れませんが、毎年どこかで・大災害が起き、

                   ・単身者の増加

                  ・1人っ子、一人親、核家族化で親戚付き合いもない状態。

                  このような問題もある以上自分は大丈夫でも親類縁者が亡くなったとき、身元引受人として連絡が来るかもしれません。そのときあなたは拒否しますか?

                   このお寺も最近、葬儀をしてもお骨を取りに来ない。納骨堂や位牌、お墓の管理をせずに解約する人が増えております。それらの申し込みをされてそれで終わっている人も多いのです。もし自分の身に何かあっても大丈夫なように代理人や後継者をお願いしておかないとこれらのペットの納骨やお墓まで無縁になってしまいます。

                   

                  jimyouin * - * 16:19 * - * - * - -

                  ペットの仏壇を祀るのに、正しい方角や向きはありますか?

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                    ペットさんの仏壇や祭壇に限らず、ご先祖様の仏壇も含めて、お祀りする向きや方角を気にする必要は全くない、と言い切ってしまうと、仏壇を向けるべき方角を目安として指導している一部の仏教宗派の方からお叱りを受けるといけませんので、こう言い換えてみます。

                     

                    「仏壇を祀るのに、それほど向きや方角を気にする必要はない。決まった方角に向けることができなくても、清潔な場所でしっかりとお参りできる、疎かにならない位置にお祀りすることが最優先である」

                     

                    先日、こんなご質問がありました。

                    「今まではちゃんとした方角でペットのお骨を祀っていたのに、引越した家の構造上、その向きでお祀りできなくなりました。大丈夫でしょうか?」

                     

                    先ほどの説明でお分かりいただけたかと思いますが、もしご自身の思われる方角でお参りできなくても、しっかりとお気持ちを向けてご供養すれば大丈夫です。

                    例えばもし今まで以上の密度で一層しっかりお参りできるのであれば、現在の方がさらにより良いご供養な訳ですから、そういう意味で、あまり方角などは気になさらずにお参りして頂ければ大丈夫です。

                     

                    本日の担当 僧侶 唯心

                     

                    ペットの供養・火葬・お葬式なら

                    慈妙院動物霊園

                    0120−52−1059

                    jimyouin * よくある(質問 * 15:22 * - * - * - -

                    花に命があってね

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                      2017年7月13日 僧侶 大鐵

                       6月といえば6月の花嫁ですね。この月に結婚した夫婦は幸せになれると実しやかに語られます。これはどうも欧米の文化らしく、6月はイースター祭の盛んな時期に結婚するのは縁起がよいとのことで広まったらしいです。しかも6月は欧米では晴天が多いため行事も延期にならずに行えるらしいです。

                       しかし、日本では逆に雨季に入り、梅雨の時期で余り結婚という気分ではなく結婚式が一番少ない時期だったそうです。しかし、ホテルが欧米ではこの時期に結婚すると縁起が良いことを売り込むといつの間にか今のように6月の花嫁は幸せになれるといわれるようになったらしいです。

                       私が先日、友人の結婚式に行ったとき、気になることがありました。式場に飾られた沢山の花これらは過剰ともいえる演出でした。この式が終わった後、この花は一体どうなるだろうと思いましたが、参加者にほぼ配られ、私も受け取りました。

                       しかし、よく考えると儀式の際、花は付き物で冠婚葬祭すべてに花束や花飾りが添えられます。結婚式などおめでたい行事は皆幸運を分け合うように花を持って帰る人が多いですが、葬儀などの不幸があったときの行事の花は持ち帰ることを憚る人が多いのも事実です。花は花なのになぜかこのようなことがおきます。花に冠婚葬祭は関係なく咲きます。そこに感情を入れるのは我々人間なのです。

                       命の大きさは人間も動物も虫も植物も変わりありません。生きている理由も他の都合ではなく自分の生命のため、種の保存のため生きているのです。恐らく、あなたもそうですし、私もそうです。自分の生命を維持するため、種を保存するため、時には他の命を頂き、危害を加える生き物を殺めたりするのです。花にも命があるのですから、必要以上にお供えするのは勿体無いとか色々な感情を入れてしまいます。この流れを止めることは出来ませんが、是非とも知ってほしいのが花は命がけであなた達のお祝いや悲しみを祈っているということを。そのことを思えば自分たちの人生を無駄に出来ますか?日々考えて真剣に1日否、1時間、1分、1秒を過ごしてください。

                       冠婚葬祭で花をお供えするのは様々な意味合いがあるそうです。特に葬儀やお墓にお供えするのはなぜかそれは皆さんで考えてみてください。

                      jimyouin * - * 13:07 * - * - * - -
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