猫の勤行

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    職員の方、スタッフの方たちもみな一緒に、お寺では朝の勤行を行っています。

    さて、朝いちばんでお葬式に来られた女性の方に、先ほどお堂からお経の声が聞こえてきた時に、お堂の前に猫ちゃんたちも集まってきてましたけど、猫ちゃんもお勤めに参加するんですか? と質問されました。

    あはは、いえいえ、そこまでは修行ができておりませんので、と答えてしまったんですが、それから後で思い当たりました。

     

    こんな答が咄嗟に出たのは、私の心のどこかに、その方が期待しておられたであろう、「そうです、みんなに可愛がられてるこの子たちはお利口さんなので、毎日、勤行に参加しているんですよ」みたいなお答えをしたくないという、ちょっとひねくれた気持ちがあったからに違いません。

    そういう意味では、修行が足らないのは猫ではなくて、私の方ですね。

     

    ではどんな答が、この場合ふさわしかったのでしょうか?

    例えば…

     

    (ごく普通に)ええ、そうなんです。いつものことなんです。

    △呂ぁ¬臍阿両僧、習わぬ経を読む、ということわざもある通りですね…

    実を言うと、彼らの方が私より、よっぽど修行が出来ていて、いつも教えられることばかりなんです。

     

    今の私の気持ちとしてはまさにH屬任后

    なぜって、現にこうして、その後、自らを省みて、今、この文章を書いている私に、うちの猫たちが、その仏縁を与えてくれた訳ですから。

    猫の気持ちに詳しいうちのスタッフの方から、猫たちによろしく伝えておいてもらうことに致しましょう。

    生きとし生けるもの全てが、共に仏法を学ぶ法友、善友なんですね。

     

                                 本日の担当 僧侶 唯心

     

    慈妙院動物霊園

    jimyouin * お寺の日常 * 17:20 * - * - * - -

    慈妙院動物霊園境内の独鈷水

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      慈妙院動物霊園は天台宗のお寺である医王山慈妙院が運営するペット霊園です。

      動物霊園は設立以来、30年ほどの歴史ですが、お寺自体は650年ほど昔に慈妙上人というお坊さんがお開きになりました。

      独鈷(とっこ)という仏具でこの境内を慈妙上人が掘ったところ、きれいな水が出たという伝説の井戸が境内にある独鈷水の井戸です。

       

      先日、地域の広報誌にこのことが紹介されて、訪ねて来られる方が増えました。

      有難いことですが、その記事では「独鈷」の読みを「ドッコ」と表記してあるのが、ちょっと気になります。

      辞書によれば「どっこ」とも読む、と書いてありますが、通常、お寺では「とっこ」と発音します。

      また、慈妙上人が土を掘っている挿し絵に長い杖の絵が描いてありますが、独鈷は手で握れるくらいの小さな仏具です。

      この絵では、錫杖か金剛杖みたいに見えますが…

       

      それはともかく、今は独鈷水の井戸の水量が少なくなりましたが、まだ何とかわずかに面影を残しています。

      また道路沿いの慈妙院の大きな緑色の看板の少し下に、大正時代に村の方たちが建てた「独鈷井水霊地」という石標があります。

      いつもペットさんの供養にお見えになっている参拝者の皆様の内、何人くらいが気がついておられるでしょうか?

       

               本日の担当 僧侶 唯心

       

      慈妙院動物霊園

      0120−52−1059

      jimyouin * お寺の日常 * 17:14 * - * - * - -

      ペット合同墓地のお塔婆の話

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        慈妙院の合同墓地には塔婆を建てて頂けますが、お寺のルールで建立のお申し込みから半年たったらお下げする、ということに決まっています。

         

        先日、毎月熱心に本堂での特別供養(一組でのご法要)を営まれている方が、お墓にお塔婆も建てておられるのですが、半年たった時に塔婆取り下げの連絡をしてくれなかったから、塔婆がなくなっていることに気づかなかった、どうして教えてくれなかったの?と仰いました。

         

        実を言うと、元々、慈妙院では塔婆の取り下げ前にご連絡するというルールはなかったのですが、どこかでこちらの説明か、あちらのご理解かに食い違いがあったようです。

         

        そして、その日もその方たちは月命日の法要を本堂でなさるためにお見えになったのでした。担当の僧侶は私だったので、私が経緯をご説明させていただくことになりました。

         

        そうしたらこちらが口を開くか開かぬうちに、その施主の方が、いやあ、こちらも勘違いしててすいません、これからはちゃんと家で申し込んだ日を記録して、覚えておくように気を付けさせて頂きますと仰ってくださいました。

         

        ああ、それを仰って頂けるならば、何よりのご供養です、係りの職員さんたちもそれを聞いたら喜びます、きっとペットさんも喜んでおられることでしょう、もちろん仏さまもお喜びです、こちらからこんなことを申し上げるのは僭越ながら、そうしてお互いが気を付けて、気を遣い、誰も彼もがそうして心を調えること、頭を低くすることこそが功徳であって供養です、そう仰って頂いて嬉しく思います、本当に有難うございましたと申し上げてから、ご法要のお経を上げさせて頂きました。

         

         担当 僧侶 唯心

         

        慈妙院動物霊園

        ペット供養・火葬・葬儀・納骨

        0120-52-1059

        jimyouin * お寺の日常 * 17:15 * - * - * - -

        切実な問題

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          2017年7月21日(金) 僧侶 大鐵

           

           7月初旬に豪雨があり、九州、島根、小牧市と甚大なる被害がありました。さぞ辛いことだったでしょう。どうかこの困難を乗り越えられ、皆様が1日でも早く平穏な生活に戻れるよう心からお祈りしております。しかし、いつ自分の身に降りかかるかも知れません。今のうちに対策を考えておいてください。

           先日、大山のぶ代の夫、砂川啓介さんがお亡くなりになりました。ここには現代に抱える切実な話が隠れております。2人のお子様は幼いころ亡くされており、夫婦2人で暮らしてきました。大山のぶ代さんが認知症を患ったときも夫の砂川さんが介護をしてきたそうです。これが今、問題になっている老老介護の現実です。砂川さんは癌が発覚したときは流石に介護が出来ずに介護施設に大山のぶ代さんを入居させたそうです。

           このほどお亡くなりになったとき、誰が葬儀の喪主や施主を務めるのか?お骨はどうなるのか?お墓の管理は誰が行うのか?色々な問題を孕んでおります。これはいつしか所謂、無縁仏となってしまうのではないかという不安もあります。

           昨今、無縁仏は切実な問題となっております。大阪市では9人1人が無縁仏では無いかと言われております。縁、縁起とは決して血縁だけが縁起ではありません。友達や職場の仲間、趣味の仲間、今では墓友と呼ばれる合同墓地

          まであります。無縁にならない形は様々です。

           私は大丈夫と思っているかも知れませんが、毎年どこかで・大災害が起き、

           ・単身者の増加

          ・1人っ子、一人親、核家族化で親戚付き合いもない状態。

          このような問題もある以上自分は大丈夫でも親類縁者が亡くなったとき、身元引受人として連絡が来るかもしれません。そのときあなたは拒否しますか?

           このお寺も最近、葬儀をしてもお骨を取りに来ない。納骨堂や位牌、お墓の管理をせずに解約する人が増えております。それらの申し込みをされてそれで終わっている人も多いのです。もし自分の身に何かあっても大丈夫なように代理人や後継者をお願いしておかないとこれらのペットの納骨やお墓まで無縁になってしまいます。

           

          jimyouin * - * 16:19 * - * - * - -

          ペットの仏壇を祀るのに、正しい方角や向きはありますか?

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            ペットさんの仏壇や祭壇に限らず、ご先祖様の仏壇も含めて、お祀りする向きや方角を気にする必要は全くない、と言い切ってしまうと、仏壇を向けるべき方角を目安として指導している一部の仏教宗派の方からお叱りを受けるといけませんので、こう言い換えてみます。

             

            「仏壇を祀るのに、それほど向きや方角を気にする必要はない。決まった方角に向けることができなくても、清潔な場所でしっかりとお参りできる、疎かにならない位置にお祀りすることが最優先である」

             

            先日、こんなご質問がありました。

            「今まではちゃんとした方角でペットのお骨を祀っていたのに、引越した家の構造上、その向きでお祀りできなくなりました。大丈夫でしょうか?」

             

            先ほどの説明でお分かりいただけたかと思いますが、もしご自身の思われる方角でお参りできなくても、しっかりとお気持ちを向けてご供養すれば大丈夫です。

            例えばもし今まで以上の密度で一層しっかりお参りできるのであれば、現在の方がさらにより良いご供養な訳ですから、そういう意味で、あまり方角などは気になさらずにお参りして頂ければ大丈夫です。

             

            本日の担当 僧侶 唯心

             

            ペットの供養・火葬・お葬式なら

            慈妙院動物霊園

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            jimyouin * よくある(質問 * 15:22 * - * - * - -

            花に命があってね

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              2017年7月13日 僧侶 大鐵

               6月といえば6月の花嫁ですね。この月に結婚した夫婦は幸せになれると実しやかに語られます。これはどうも欧米の文化らしく、6月はイースター祭の盛んな時期に結婚するのは縁起がよいとのことで広まったらしいです。しかも6月は欧米では晴天が多いため行事も延期にならずに行えるらしいです。

               しかし、日本では逆に雨季に入り、梅雨の時期で余り結婚という気分ではなく結婚式が一番少ない時期だったそうです。しかし、ホテルが欧米ではこの時期に結婚すると縁起が良いことを売り込むといつの間にか今のように6月の花嫁は幸せになれるといわれるようになったらしいです。

               私が先日、友人の結婚式に行ったとき、気になることがありました。式場に飾られた沢山の花これらは過剰ともいえる演出でした。この式が終わった後、この花は一体どうなるだろうと思いましたが、参加者にほぼ配られ、私も受け取りました。

               しかし、よく考えると儀式の際、花は付き物で冠婚葬祭すべてに花束や花飾りが添えられます。結婚式などおめでたい行事は皆幸運を分け合うように花を持って帰る人が多いですが、葬儀などの不幸があったときの行事の花は持ち帰ることを憚る人が多いのも事実です。花は花なのになぜかこのようなことがおきます。花に冠婚葬祭は関係なく咲きます。そこに感情を入れるのは我々人間なのです。

               命の大きさは人間も動物も虫も植物も変わりありません。生きている理由も他の都合ではなく自分の生命のため、種の保存のため生きているのです。恐らく、あなたもそうですし、私もそうです。自分の生命を維持するため、種を保存するため、時には他の命を頂き、危害を加える生き物を殺めたりするのです。花にも命があるのですから、必要以上にお供えするのは勿体無いとか色々な感情を入れてしまいます。この流れを止めることは出来ませんが、是非とも知ってほしいのが花は命がけであなた達のお祝いや悲しみを祈っているということを。そのことを思えば自分たちの人生を無駄に出来ますか?日々考えて真剣に1日否、1時間、1分、1秒を過ごしてください。

               冠婚葬祭で花をお供えするのは様々な意味合いがあるそうです。特に葬儀やお墓にお供えするのはなぜかそれは皆さんで考えてみてください。

              jimyouin * - * 13:07 * - * - * - -

              位牌? 骨壷? お墓? ペットの魂はどこにあるのですか?

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                合同墓地や個人の墓地にペットさんのお骨を納めている方もいれば、骨壷に納めてお家で祀っている方もあります。

                 

                位牌を作らない方、家でペットさんのお位牌を祀っている方、慈妙院の位牌壇でご供養されている方などなど、ご自身のお気持ちやご事情に合わせて、こちらもいろいろです。

                 

                そして多くの方がお尋ねされるのが、うちの子の魂はどこにあるのですか? 位牌やお墓やあちこちで、ちゃんと手を合わせてお参りはしているんですけれど、魂はどこにあるんでしょう?…というご質問です。

                 

                仏教で「魂」の存在を求めるかどうかといった難しい問題はさて置き、まずペットさんは極楽浄土、皆さまの言葉で言えば「天国」におられると、大まかに考えてみてください。

                悲しいけれどがんばってこの子のためにお参りをと思ってお参りされる、皆さまのそのお気持ちが功徳となって、ペットさんは仏さまとして極楽浄土におられる訳ですが、位牌もお骨もお墓もみんな、それらはそこを通して極楽浄土におられるペットさんを拝むための、窓口なのだと考えてください。

                そう考えれば、お参りの対象物がいくつあったとしても、ペットさんの魂があっちこっちに分断されている訳ではないということが、分かっていただけるかと思います。

                 

                                                担当 僧侶 唯心

                 

                慈妙院動物霊園

                jimyouin * よくある(質問 * 16:28 * - * - * - -

                ペットのお骨を長く手元に置いていても大丈夫でしょうか?

                0

                  ペットのお骨がずっと家にあります。

                  いつまでも長いことペットのお骨を手元に置いていてはいけないと言われました。

                  本当でしょうか?

                   

                  そんな質問をよく受けます。

                  人のお骨でも、長く置いているからと言って、それ自体は必ずしも供養の上で悪いわけではありません。

                  ただし、長く粗末に置いているのならば、もちろんそれは良くありません。

                   

                  そうでなくて、しっかりとお家でお参り頂いていて、なおかつお気持ちの整理がまだ付いていないのならば、ずっとお骨がお手元にあっても、問題ではありません。

                   

                  ましてやペットのお骨、動物の骨が家にあるから良くない、と考えるのならば、それは大きな間違いです。

                  仏教にそんな教えはありませんから、どうぞ安心なさってください。

                   

                  もしもそれでも疑問があるならば、どうぞお寺にお尋ねください。

                   

                               担当 僧侶 唯心

                   

                  慈妙院動物霊園

                  0120−52−1059

                  jimyouin * よくある(質問 * 15:57 * - * - * - -

                  イベント僧侶

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                    2017年6月28日(水) 僧侶 大鐵

                     私は先日布教師の総会で地域の中で寺院はどう関わっていくべきかということをテーマに分散会をしましたところ、8割の僧侶が寺院でイベントを開いていると答えました。私自身過去にも色々とイベントを開いたり、計画したこともありますが、宣伝方法が未熟で参加者が集まらなかったこともあり、労力と資金面であまりにも負担が多いため余りイベントを重要視しなくなりました。成功したときはすごいよく見えるイベントですが、中身は本当に布教なのか、敷居を下げるためといいますが、イベントのときはお寺に来るがその後普段のときにふらふらと来るようになったか?はなはだ疑問です。現状は全く変わらないのにイベントだけしてその気になっているのは疑問視されます。

                     イベントはできる寺院とできない寺院の差が激しすぎます。そうではなくて、もう少し僧侶としての慈悲の実践を行うべきと思います。お寺で困っている人が来るのを待つくらいなら、いっそうのこと「お寺を捨てよ。街に出よ。」の精神で寺院から離れてみることも大切です。自分個人の力がどの程度発揮できるかを試すことも必要なことです。海外に行き、初めて日本の良さがわかるようにもっと僧侶は外に出て、様々な人とかかわるべきです。

                     私はイベントは否定しません。自分の力量に合う程度すべきと思いますが、以前手伝ったイベントで食べ物を平気で捨てたり、参加者の意見として「なぜ子供がいるんだ」とか「なぜ椅子がないんだ」とかそんなことを聞くと仏教本来の教えから遠くになってしまいそうで、逆に布教ではなくなりそうで本来の目的には沿ってないと思います。結局手に負えない化け物を作り出してしまいますので、僧侶側はそのような想定できることを対策することはもちろんのこと、参加者も寺院でのイベントに参加する際は仏教のことを勉強して参加してください。

                    jimyouin * - * 09:55 * - * - * - -

                    2017年6月21日   僧侶 唯心

                    0

                      先日、慈妙院で法要をされた方が、その後、お電話で、どうしてお参りの時に本堂の灯りを暗くしてあったんですか? と質問されたそうです。他のご僧侶の担当の日だったので、心を集中するためですと、そのお坊さんが答えて下さったそうです。

                       

                      さて、今度は私が担当の日に、その方が法要に来られたので、どうしてそのようなご質問をされたのですか? と逆にお聞きしてみたら、ペットだからかなと思いまして、とのことです。

                       

                      ペットだからとは、どういう意味でしょう? 世の中にはペットと人の供養は同じではいけないと思っておられる方があります。

                      線香は半分でなければならないとか、動物のお骨を長く家に置いていてはいけないとか、そんな迷信がまかり通っています。

                       

                      ペットだから灯りは半分でいいんだ、というお考えなら、間違いだということをお伝えせねばならないと思って、「ペットだから暗くするとはどういう意味ですか?」とお尋ねしたら、「うちの子は猫だったんで、ペットは夜行性だからかなあと思いまして」とのことでした。

                       

                      そんな可愛らしい疑問だったのなら安心いたしました、なるほど、よくわかりました、でもそういう意味ではありません、あくまで心を集中するためなので、どうぞ可愛がっていた猫さんのために、しっかりお参りしてあげて下さいねと、申し上げておきました。

                      jimyouin * ペット供養 * 11:39 * - * - * - -
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