私に聞いてよ

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    2017年4月21日 僧侶 大鐵

     

    4月8日はお釈迦様の誕生日です。お釈迦様は今から約2,000年以上前、一説によると紀元前463年頃にネパールのルンビニ園にて誕生されました。伝説になりますが、生まれてすぐに、立ち上がり七歩歩み、右手を天に向け、左手を地上に向け「天上天下唯我独尊。」と唱えました。これは「天にも地にも私という存在は唯一無二の存在だから尊いのである。」という意味です。たまに辞典では「自分勝手」と訳されたものもございますが、元来は個人の尊厳を含む意味です。

     

     最近、SNSが普及してきて、我が子の誕生に喜んだ親が誕生したばかりの我が子の写真を撮り、SNSに載せている記事をよく見かけますが、我が子、赤ん坊に許可は取ったのでしょうか?赤ん坊といえども生まれたての裸の写真を公然に曝すなんて、子が成長してそれを知ったらどう思うでしょうか?配慮が足らないと思います。特に女性なら尚更嫌なのではないでしょうか?本人の許可なく何でもしていいものではありません。せめて、服または襦袢を着せてからにしましょう。

     

     もう一度言います。お釈迦様が誕生して「天上天下唯我独尊。」と唱えましたのは個人の尊厳は誕生した瞬間、否、子を宿した瞬間から生まれ、そしてそれはどんな人にでも個人の尊厳があることをお示しになっております。生まれの違いはどうすることも出来ません。しかし、どんな人も尊厳を持っております。だからこそ、自分を大切にすると同時にあなたが好き嫌いにかかわらず、他の人も大切にすべきなのです。さらにはその気持ちや行動がどんなものにも向くとより良いものになるに違いありません。

    jimyouin * - * 17:01 * - * - * - -

    戒名料

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      2017年 4月9日(日) 僧侶 大鐵

       

       最近、こんなことがありました。ある僧侶が戒名料を取る僧侶は許せないと言ってきたことです。話を聞くとどうやら大切な人を亡くした女性が近所の有名な寺院に葬儀のお願いに行ったそうな。その女性は法外なお布施と戒名料を請求されたそうな。私はその寺院さんにも事情があるし、そもそも檀信徒でもない人が急に来て戸惑ったのではないでしょうか?と言いました。さらにいくら請求されたかは明らかになっていませんので、私は冷静に双方の話を聞きたいと言ったのですが、僧侶が悪い僧侶が悪いの一点張り。いつしか中立の私が寺院側の肩を持ったと言われ私が責められる始末。

       確かに昨今の寺院は規模が大きな寺院になると高級車を何台も持ち、自分は仕事をしないでゴルフ三昧な住職もいます。「坊主丸儲け」という言葉は死語になった験しがございません。そんな固定観念が今回のお布施や戒名料のことになったと思います。僧侶ならお金の話の前にまずは来るもの拒まずで話を聞いて回答したほうがいいのでしょうか。でも、結局はお布施などの料金の話になるのです。それはお布施が不明瞭な点も上げられます。最近は寺院にも所得税が掛かるようになり、お布施や戒名料も決められている寺院も多いのも事実です。僧侶も生身の人間、食事もするし、お参りに移動手段として自動車もいる。子供が学校行くのにそれなりに教育費が掛かりますし、法具などは購入者が寺院しかないから、割高。お袈裟、衣はオーダーメイド。衣のクリーニングはスーツを洗うより高い。地味な法衣を着ていくと嫌味を言われ、金襴のお袈裟を着けると「坊主丸儲け」と言われる。

       僧侶とは一体何でしょう。世間のストレス解消に言いように使われている気がします。僧侶は怒らず、私たちを受け入れてくれるものと勝手なイメージでこのように思われたらそうするしかありません。しかし、人の優しさに付け込むことはよろしくありませんよ。

       確かにろくでもない僧侶はいます。でもしっかりした僧侶もいるのです。天上天下唯我独尊。人を領域で見るのではなく、一個人として見ましょう。皆それぞれ違って当たり前なのです。

      jimyouin * - * 17:47 * - * - * - -

      2017年4月8日   本日の担当 僧侶 唯心

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        ペットのお葬式をされた方が、翌日にもう一度訪ねて来られて、昨日のうちのペットが生き返ってませんでしょうか? と仰いました。

         

        お気持ちは重々よくわかります。

        この悲しい出来事が、何かの間違いであればと思う、そのお気持ちは、痛いほど、よくわかります。

         

           ※   ※   ※

         

        明日4月8日は仏誕会(ぶったんえ)と言って、お釈迦さまがお生まれになった日です。

        お釈迦さまが2500年前のインドに生まれて、29歳で出家し、35歳で悟りを開かれたところから、仏教が始まりました。

        さて、お釈迦さまの時代のインドの話です。キサー・ゴータミーという名の、自分の幼い子供を亡くした女性がいました。

        半狂乱になった彼女は、お釈迦さまが本当に偉い方なら、どうか自分の子どもを生き返らせてくれと言ったそうです。

        するとお釈迦さまは、では生き返らせてあげよう、そのために薬を作ろう、その薬はケシの実から作ろう、もしもお前が死者を一人も出したことのない家からケシの実をもらってくることが出来たなら、子どもを生き返らせるための薬を作ろうと答えたそうです。

        ゴータミーは必死になってケシの実を探しましたが、死者を出したことのない家は一軒もなく、そして遂に彼女は、葬式を出したことのない家はひとつもない、すべての生き物は必ずいつかは亡くなるのだという、単純だけれども動かしがたい真理を、たちまちの内に了解して、お釈迦さまの弟子になり、後々は立派な長老の尼僧になったということです。

         

           ※   ※   ※

         

        とは言うものの、お釈迦さまも最愛のお弟子に先立たれた時は、ずいぶん悲しまれたということです。

        ただ、悲しいけれど、そこから前に進めないか、いや、進めるんだ、ではどのように? ということを説いてくださったのが、お釈迦さまの教えです。

         

        仏教寺院である慈妙院でペットさんのお葬式を挙げてくださったことは、皆さまの何よりの法縁です。

         

        明日は仏誕会です。

        どうぞ、皆さま、お参りください。

         

        慈妙院動物霊園

        jimyouin * お寺の日常 * 16:09 * - * - * - -

        只のものは何一つない

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          2017年3月30日(木)平野 晃嗣

           

           あるニュースで仏壇のお炊き上げの映像が放映しておりました。そこで仏具店の方が最近は「独り世帯が多くなり仏壇を作るより、お焚き上げのほうが多くなりました。寂しい限りです。」ということを言っておりました。

           

           2013年の調査によると、仏壇の保有率(2人以上で暮らす世帯)は39・2%だった。これを、住宅種類別で比較したデータによると、一戸建てでは半数以上の51・8%が仏壇を保有していたが、マンションなどの集合住宅では21・1%にとどまった。

           

           これからは核家族ならずに単身一代限りの世帯が増えるに従い仏壇保有率は減ると思います。「仏壇」の本来の意味は、文字通り、仏像や仏具を飾り、仏様を祀る台のことです。家庭のお仏壇は、寺院にあるお仏壇(内陣)を小型にして、厨子と一体化して箱型にしたものです。ですから、お仏壇は家の中のお寺のような存在です。

           

           仏壇が無くともお寺参りをすれば特に問題はありません。現に寺院にお参りする人は増えている傾向にあります。

           信仰の形式が変化したのであり、そこは宗教者が柔軟に対応しなくてはならないのではないでしょうか。

           

           私は最近、雛人形の人形供養を対応したことがあります。雛人形は女子の守り神として代々母から子、孫へと受け継がれ、100年ものの人形も珍しくない。そんな雛人形を何の惜しみもなく供養するとは供養という名の処分に等しいと思います。それは依頼されれば、精抜きをし、お焚き上げはします。でも私としてはものを大切にする心を失って欲しくありません。

           

           仏壇も雛人形もそこに気持ちが入らなくなったらそれは只の箱になり、人の形をした置物となります。「これを護惜(ごしゃく)すること眼晴(がんぜい)の如くせよ。」という言葉があります。ものは自分の眼のように大切に扱いなさいという意味です。大切に扱う気持ちを持つことは仏の行いと同じになるのです。

           

           除夜の鐘も最近、裁判で騒音と判決されて中止になっているお寺も増えているそうです。これも結局、鐘の音ではなく、騒音としか思わなくなった現われではないでしょうか?お寺の鐘は戦争で鋳造されたと思いきや結局鋳造できずに戻ってきた鐘がほとんどでした。しかし。扱いが雑だったためほとんどの鐘が割れてしまい鳴らせなかったそうです。今でも鳴っている鐘は戦争で使われずにきれいな形で残った奇跡の鐘とでも言うべきものです。「平和の鐘」といわれるのもその由縁です。だから、除夜の鐘は1年の無事を祈ると同時に恒久の平和を願うものなのです。それを無くすならそれは世の流れと思いますが何か大変な落し物をしていないでしょうか?

          jimyouin * - * 16:26 * - * - * - -

          2017年3月28日   僧侶 唯心

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            人間と動物は何が違うのかというとをいつも考えていて、先日、慈妙院の仏間に置いてあった「ワニはいかにして愛を語り合うか」という古い文庫本を読んでみた、という話を書きました。

             

            今読んでいるのは「サピエンス全史」という分厚い本です。
            こちらは新しい本ですが、図書館で借りました。

             

            あちこちの新聞の書評欄で紹介されたようですから、ご存知の方もあるかも知れません。

             

            我々、現生人類=ホモ・サピエンスが他の原人や類人猿と何が違い、どう進化したか、人類の文化や宗教が進化とどう関係があるかを、人類の発生から未来に掛けて解き明かす内容で、世界中で読まれているそうですが…

             

            最終章では今話題の「AI」の発達が、人類の進化にどんな影響をもたらすかという所にまで話が及ぶそうで、ゆっくり時間を掛けて読んでみたいと思っています。

             

             

            動物・ペットの火葬・葬儀・供養なら

            慈妙院動物霊園

            0120−52−1059

            jimyouin * お寺の日常 * 10:36 * - * - * - -

            備えを大切に・・・

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              2017年3月14日(火) 僧侶 大鐵

               3月11日は今から6年前午後2時46分20秒に東北沖を震源地とし発生した大地震、東日本大震災が起きた日です。

               

               その時を境に日本だけでも毎年多くの大災害に見舞われることになりました。鬼怒川の氾濫、広島の土砂災害、熊本地震、御嶽山の噴火、鳥取地震、糸魚川市の大火災など。この6年間に毎年どこかで災害に遭遇し避難所生活を強いられる住民の映像が流されました。

               

               私たちも例外ではなく、いつ、自分の身に起きるかわかりません。起きたら防ぐことは不可能ですので自分の身を守るために色々と準備をしないとなりません。特に必要なのが、いざというときの防災備品です。この表はあるインターネットで載っていた防災備品です。何か足りないものはありませんか?考えてみてください。

               

              防災備品

               

              • 飲料水
              • 保存食(レトルト、インスタント、クラッカー、缶詰など)
              • 食器
              • 常備薬(持病の薬、怪我の薬、)
              • お薬手帳
              • 衣類(着替え)
              • 寝具
              • 雨具
              • 懐中電灯
              • 携帯ラジオ
              • スマホ(携帯電話)
              • 携帯トイレ
              • 現金・カード
              • 身分証明書・保険証
              • 通帳・印鑑
              • 缶詰を切る缶きり
              • 乾電池(単○)
              • トイレはあるがどこでしますか?トイレの目隠しなど。

               

              これだけでも色々考えがあるでしょう。老若男女で準備するものは全然違ってきます。災害時はストレスが溜まりますので娯楽用品もあるとちょっとしたストレス解消になります。

               

               次に災害が起きると真っ先に駆け込むのが避難所ですが、避難所について皆さんはどの程度理解されておりますか?私が持っているのは私の地元三重県桑名市の避難所マニュアルの一部です。

               

              • 避難所は避難してきた人が全員入れるかと言えばそうでもありません。市役所の避難所マニュアルを読みましょう。家が全壊した家族優先です。現実は早いもの勝ちです。入居は区域全体の16%くらいだそうです。
              • 学校は教室もあるから避難所が多いと思いきや各教室は救援物資の倉庫になったり、本部にしたりします。
              • 避難所の運営は誰がするか?ご存知ですか?入居した者が皆で役割分担して行うのです。行政の職員は他の業務で手一杯でとてもそこまで手が回りません。
              • 避難所に行けなかった人たちは自宅やテント、車、集会所、寺院などで過ごす事になります。

               

               ですから避難所の運営シュミレーションをする必要性が出てきます。先ほどの防災備品も併せて、自分が本当にこの備品で過ごせるか?ということも検証するとより効果的です。

               

               残念ながら、避難所運営、防災備品に関しては正解はありません。自分たちが如何に寄りよく過ごせるかを考えてください。今は様々な行事、講習会に取り入れて地域で行っております。実際に体育館で寝泊りする行事を行っているところもあります。一度市役所に問い合わせてみるのもいいと思います。

               

               避難所は色々な役割があります。今は一言では言えませんが、自分に何が出来るかを見極めることも大切な防災です。被災とは不便な生活を強いられますので、一度、電気が使えない生活や水道が使えない生活、アウトドアでも避難所を想定したことをすれば十分意識が高まると思います。頻繁にとはいいません。季節の変わりごとに年4回はすることをお勧めします。

               まずは備品を備える。不便な生活を楽しむ。それから初めては如何でしょうか?

              jimyouin * - * 10:40 * - * - * - -

              モラルを守るよりは・・・

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                2017年3月9日(木) 僧侶 大鐵

                 

                 最近、モラルについて問われております。モラルとは倫理、道徳という意味です。モラルを守らないものは犯罪を犯したことと同じくらい罰を受ける場合もあるようです。

                 携帯電話やスマートフォンをしながらの自動車運転、自転車運転、歩行、公共の場で禁止になっているところさえ平気で使用する人達。

                 写真、動画撮影の乱用する人達。

                 人の恋愛に足を踏み入れる人達。

                 音や声をいたずらに騒音扱いする人達。

                 

                 色々な価値観が出てくるのはその国が安全で豊かさ証拠でもあり、良い事ですが、弊害も出てきているようです。

                 

                 私の知人の話ですが、マンションの総会で最近、落し物やゴミが多いから、ゴミ箱や落し物箱を作って欲しいと発言したところ、それは「ゴミ箱が散らかったら嫌だし、モラルの問題でしょう。」と言われ、その意見は流されたそうです。モラルが問われるならゴミ箱を設置してもモラルは守られると思いますが、本当にモラルという言葉理解しているのでしょうか?

                 

                 もうすぐ、お彼岸です春のお彼岸は3月17日から23日になります。20日春分の日はお彼岸の中日です。

                 お彼岸とはインドの言葉「波羅蜜(パーラミター)」から来ております。この意味は「心の落ち着いた悟りの境地」です。これに対して、迷いやとらわれの中にあることを「此岸」と言います。「岸」とは川岸でなくて心のありようという意味です。

                 「迷いやとらわれ」から離れるには6つの行い「六波羅蜜」の実践を行うことです。

                 

                >六波羅蜜の実践

                1. 布施→喜んで与えること。
                2. 持戒→規則を守ること。
                3. 忍辱→寛容な心を持つこと。
                4. 精進→目標を続けること。
                5. 禅定→穏やかな生活を送ること。
                6. 智慧→正しい判断力。

                 

                 それはモラルを守るというより、他のために自分は何が出来るのかを考え行動することが大切なのです。自分がされて嫌なことはしないよう気を付けて行動したいものです。

                 

                 お彼岸とは私たちが今ある自分を育んでくれたご先祖様に感謝し、自分自身を見つめなおす期間なのです。

                jimyouin * - * 16:05 * - * - * - -

                2017年3月6日   本日の担当 僧侶 唯心

                0

                  大きな大きな仏像をご本尊にしているあるお寺に出入りしている花屋さんが、今度、大法要があるので金額を倍にするから、いつもより大きなお花を供えてくださいと、お寺の人に言われたそうです。

                   

                  その花屋さんはいつも心をこめて立派なお花を美しく仕立ててお届けしていましたので、「いくらがんばってもご本尊様の大きさには勝てません。いつも以上に丹精こめますから、いつものサイズで生けさせてください」と答えたそうです。

                   

                  そう、大事なのは気持ちです。

                  そしてその気持ちをどんなふうに表すか、そこが大事なところです。

                   

                  ペットが生きていた時に好きだったから、それをお供えしてあげるのが気持ちを表すことじゃないか、何が悪いんだと言って、ご遠慮いただく決まりになっているペットの合同墓地に食べ物を供えて帰る、というのは、やっぱり良い行いではないわけです。

                   

                   

                  あるいは、お家にあるペットのお骨や仏壇に何をお供えすればいいですか?という質問を、よく受けます。

                  お水は上げた方がいいですか? お線香は? 好きだった食べ物は?

                   

                  何を上げなければいけないとか、何を上げてはいけないよりもまず、何をしてあげられるかを、考えることが大事です。

                  まずは手を合わせてお参りすることが何よりのお供えです。

                   

                  これは理屈ではなくて、本当に大事な供養の核心です。

                  「供養」という字に「供える」という言葉が含まれているのは、そのためです。

                  まずはとにかくお参りしましょう。すべてのお供え物は、そのあなたのお気持ちを目に見える形で表したものなのです。

                   

                   

                  慈妙院動物霊園

                  jimyouin * ペット供養 * 12:21 * - * - * - -

                  2017年3月2日   本日の担当 僧侶 唯心

                  0

                    みなさんに休憩いただくお寺の仏間に「ワニはいかにして愛を語り合うか」という古い文庫本が置いてありました。

                     

                    ずいぶん古い本です。

                    なにしろ今は中堅の動物学者で著書もたくさん出しておられる竹内久美子氏の、最初の著作だということが書かれていますから。

                     

                    動物の珍しい生態を紹介する中で、人間のいろんな行動には、動物学的にどんな意味があるのかということを考える内容で、今読んでも十分に興味深い内容です。

                     

                    人間と動物の違いは何なのか?

                    いつもそんな風に考えて暮らしているので、とても参考になりました。

                     

                     

                    慈妙院動物霊園

                    jimyouin * お寺の日常 * 10:46 * - * - * - -

                    足袋の裏

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                      2017年2月16日(木) 僧侶大鐵

                       

                       一休さんは破天荒な禅僧で有名ですが、皆さんどこまでご存知でしょうか?昨年の暮れにNHK『大人の一休さん』が放映されておりました。ほぼ、史実に基づいた作品でした。私が一休さんの話で一番好きなのものが「庄屋の法事」です。

                       ある日、一休さんは庄屋さんの法事に呼ばれました。その時の衣が黒色で、お袈裟は木蘭(濃い黄色)色でした。僧侶の基本的な威儀(服装)なのですが、その姿を見た庄屋の主人が「お前は本当に一休さんか?」と言いました。写真の無い当時室町時代では服装で身分が決め手となります。決して庄屋の主人も悪気があったわけではないけれど一休さんのこのような姿を見ただけで代役を使われたと思ったのではないでしょうか?結局、一休さんがいくら自分が一休と言っても信じてもらえなかったので、一度お寺に帰り、金襴のお袈裟に赤い衣を身に付け派手な威儀で再び庄屋さんに参りました。そうしたら、すんなり庄屋の主人は一休さんを控え室に案内しました。呆気にとられた一休さんはお袈裟と衣を脱いで床の間に丁寧に畳んで置き、お拝をして一言「どうやら呼ばれたのは私ではなくてこの衣だったようです。」そして着物姿でお寺に帰っていきました。

                       これは人は見かけで判断してはいけないと言う教訓ともう1つ、このような衣があるから自分は認知されると言う敬意と修行不足を認識したのだと思います。だから、衣の尊さに向かってお拝をしたのだと思います。

                       ある老僧が法事で信者さんの女性から「今日は有難いお勤めありがとうございました。」言われたそうです。そうしたらこの老僧は「うるさい。・・・・・。」と誹謗したそうです。そしたら、信者さんが「まあ、何てこと言うの。それでもお坊さんですか?不愉快だわ。」と言ったそうです。そうしたら老僧「ふん、そら見ろ。今、有難いと言ったのにもうこれか?人の心はすぐに変わるの。」と言ったそうです。恐らく、この信者さんは老僧自身を有り難いと思ったことは無いのでしょうね。

                       私もその機会が無いかなと思いまして、止せばいいのにしてしまったことがあります。ある法事で「有り難いお経ありがとうございます。」と言われました。そしたら私は「どうやら呼ばれたのは私ではなくて、この経本だったようです。」と言って自分の経本を差し上げました。しかし、経本を渡してしまったばかりにまた、新しいものを購入する羽目になってしまい、無意味な出費をしてしまいました。

                       ただ、この時から「僧侶とは?」を考えるようになりました。僧侶はお経を読む歌手にあらず、説法をする噺家にあらず、木魚や鐘を鳴らす音楽家にあらず、字を書く書道家にあらず、坐禅瞑想をする心理カウンセラーにあらず、滝に打たれたり、寒い中坐禅するがまん大会出場者にあらず、葬儀を行う葬祭業者にあらず・・・。一体僧侶とは何者なのか?僧侶を判断するものは何でしょうか?これは一生かけての課題だと心得ております。 

                       足袋は一見、白くてきれいに見えますが、地面に触れる裏側は汚れております。いくら体裁を整えて表面を良くしても裏が見えてしまえばその印象はガラリと変わります。でも、それは他人の評価。私は他人のために生きているわけではありません。一休さんならこう言うでしょう。「気にしない。気にしない。一休み。一休み。」

                       

                      jimyouin * - * 11:47 * - * - * - -
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