2016年10月6日   本日の担当 僧侶大鐵

0

    「違いを認めて上げて下さい」

     

    先月、9月11日に9.11のテロが15年目を迎えました。

    9月17日夜8:30(日本時間18日朝9:30)にニューヨークで爆破事件が起こり、負傷者29名だったそうです。

     犯人はイスラム関係らしいですが、宗教が違うことでこれほど恐れられてしまう。純粋に信仰している人々もいるのにこんな誤解が生じるのに私は残念でなりません。

     今、世界各地で内戦が起きてます日本も関係ないとは言い切れません。戦争で難民となった人々が安全な国を求めて受け入れ先を探しております。日本も受け入れる方向で進めております。そうなるとやはり、様々な宗教が入ってきます。そのときに私たちは無関心、興味ないでは済まされません。宗教で食べていけない食品もあります。一日の流れが決まっている宗教もあります。私たちはそれを見た時、どう思いますか?その宗教の尊厳を認められますか?否定的に見ますか?肯定的に見ますか?

     信仰は誰にも止めることは出来ませんが、宗教の違いで否定したり、傷つけたり、さらに争いまで発展することに私は悲しみを隠せません。信仰を持っているもの同士の悩みは宗教は違えども同じだと思います。そこはお互い尊敬し合ってもよいと思います。特定の信仰を持たない人も相手の気持ちを知ることは非常に大切です。そのことを理解すれば、宗教の違いはそれ程苦にはならないはずです。

     これを機に宗教について今一度学び返してみては如何でしょうか?

    jimyouin * 大鐵 * 15:16 * - * - * - -

    坐禅のヨウジュツなり

    0
      2016年2月4日(木)立春 僧侶大鐵

       2月1日〜8日まで永平寺では摂心があります。これは2月15日がお釈迦様の命日、いわゆる、涅槃会だからです。永平寺の坐禅は40分坐り、5分ゆっくり歩くことで1セットとなります。
      一般的に坐禅をすると心が落ち着くとか、集中力が増すとか言われておりますが、実際はそうではありません。私は修行を始めたころは非常に辛かったのを覚えております。只足が痛い、眠いの連続でした。
      しかし、この気持ちをずっと持ち続けたわけではありません。2,3年か経つとどうにかして坐禅から逃げようと考えます。仮病を使ったこともあります。
      4年目になるとどうにか坐禅にも慣れて、ふっと辺りを見回した時、大勢の中で自分が座っているのが分かりました。こんなに大勢の修行僧がいるのに静かである。これはすごく素晴らしいことではないでしょうか。
      坐禅は足の痛みや眠気を除けば難しいことはありません。それからというもの自分の坐禅を観ようと思うようになりました。今自分は何をしているのか?何を考えているのか?どうしたいのか?などなど。そのことを考えているうちに考えいることが無くなり、坐禅が終了します。この状態が一番人生でリラックスした状態だと思いました。
      これを敢えて難しい言葉に置き換えると「非思量」と言います。
      このような状態になった時、物事が許せるようになります。怒りより、同情が湧き、同情より、受容(受け入れること)が身に付きます。永平寺を下りてからは1日5分坐禅をしております。坐禅できないときは椅子に座り坐禅を行います。これも椅子坐禅という立派な坐禅です。皆様も坐禅してみませんか?
      jimyouin * 大鐵 * 10:26 * - * - * - -

      厄にはなりたくない

      0
        僧侶 ダイテツ
        皆さん、私は今年前厄です。数えで今年41歳になります。よく、「人は40過ぎると自分の顔に自信を持て。」と言われますが、社会的に色々な責任ある仕事が回ってくる年齢だと思います。その分、今まで以上の重圧感が厄となって現れるかもしれませんね。
        ところで、この厄年調べてみると意外に面白い。
         本厄の年齢は、
        |棒の25は5×5=25、後後二重後ととりなして死後のこと
        男性の42は4・2と続くから死(しに)にとりなして忌むという。
        女性の19は重苦。
        そ性の33は3・3と重なるから散々となる。
        ソ性に30代の厄年が多いのは恐らく、出産の適齢期が影響しているかもしれません。昔はこの年で出産することは非常に危険が伴っているからだと思います。今は医学が発達して以前ほど出産に危険が伴う事が減ったと思います。
        Δ匹舛蕕61歳で還暦を過ぎると老人だからより注意しないといけない。
         よく、ある薬のCMで「東洋医学の教科書ともいえる文献『黄帝内経(こうていだいけい)』には、「女性は7の倍数」「男性は8の倍数」の年齢の時に節目を迎え、体に変化が訪れるという記述があります。」ということも関係あるかもしれません。一度皆さんも調べてみると面白いですよ。
        日本人は厄年になると厄祓いをしますが、厄祓いをするなら、正月から節分の間に行って下さい。
        でも、本当に厄年というものはあるのでしょうか。芸能人、特に俳優、女優さんは厄祓いをしません。それはドラマや舞台の役まで払ってしまうからです。いわゆるゲン担ぎですね。皆さんはそれでいいのかなあ。と思ってしまいませんか?不安な方は神社や寺院で厄祓いしてもいいと思います。別に良い悪いはありません。それで自分が今年度、安心して暮らせるならいいと思います。
        私が永平寺の修行を終えて、帰ってくるときはこんなに厳しい修行をしたのだから、これからは皆から尊敬され良いことがいっぱい待っていると思いましたが、思ったより、良いことが起きなかったです。逆に嫌味を言われたことの方が多かったです。ある日、地元の講演会行ったとき、講演会が終わり、職員さんが椅子を片付けているのを見て、自分も椅子を片付けようと思わず手が出てしまいました。それは永平寺の修行で皆で作業をすることが多かったからです。そのとき、参加者の何人かは一緒になって椅子を片付けておりました。これは良いことか悪いことかそんなことはどうでもよい。ここで、「自分が椅子を片付けなくてはいけないなあ。」という気持ちが起こったのは修行の成果と思ったし、その行為が他人に影響を与えたのが何よりも素直に良かったと思えたのが5年経った今でも記憶に残っております。
        何かあると世の中や他人のせいにするのは簡単です。ただ、自分にとって都合の悪いことは本当に悪いことなのか?自分にとって良いことは本当に良いことか?そこは自分で考えて、悩んで頂きたいと思います。その答えが見つかり、物事の良し悪しを超えることが出来たなら、本当の厄祓いが出来るかもしれませんね。
         
        jimyouin * 大鐵 * 09:57 * - * - * - -

        2015年 1月10日 僧侶 大鐵

        0
          て・ん・ぞ

          最近、NHKの番組で「趣味DO楽〜お寺のごはん〜」を放映されております。ご覧になった方も見えると思います。第1回は曹洞宗の修行で小食(朝食)で摂っているお粥を取り上げました。
          曹洞宗の修行の時はほぼ毎日、応量器という食器を使っております。その作法は細かくて覚えるのに早い人でも一ヶ月はかかります。食事を作る人も大変で私の頃は300人修行僧がいましたので、ご飯を炊くのも一苦労だった思います。食事を作る人を典座(てんぞ)といいます。今で言うところのコックさんや料理長、調理場という意味になります。修行道場を統括する重要な役職を知事と言いますがそれは6人おりまして、これを「六知事」といいます。

          ★六知事
          都寺    ⇒お寺を統括する。今では監寺が兼任している。
          監寺(監院)⇒事務を統括する。
          副寺    ⇒財務を管理する。
          典座    ⇒食料の管理、食事を統括する。
          維那    ⇒修行僧の統括する。
          直歳    ⇒建物の管理、火防を統括する。
          曹洞宗では道元禅師様が『典座教訓』という、調理担当の心得をお示しになりました。ですので、最も尊い役職でもあります。
          今回はその一部を紹介します。
          「之を護惜すること眼睛の如くせよ。」(訳:食材を扱うときは眼(まなこ)のようにしなさい)。
          要はmモノを大切にしなさいという教えです。これは仕事や生活をする上で基本となるのではないでしょうか?

          続きはまた後日。
           
          jimyouin * 大鐵 * 16:49 * - * - * - -

          2014年9月25日   本日の担当 僧侶 大鐵

          0
            自分探しの旅は必要ですか?


            本日は『明珠(みょうじゅ)』についてお話します。
            元々、『明珠(みょうじゅ)』とは高価な宝石のことです。中国の昔話にある貧乏な青年がいました。どんなに働いても生活が一向に良くならない。このままでは家族もろとも飢え死にしてしまう。そのような時に金持ちの友達が心配して訪ねて来ました。しかし、素直にお金を渡しても断るだろうと踏んだ金持ちの友達は、『明珠(みょうじゅ)』を何時も着ている服の胸のところに縫い付けました。しかし、一向にそのことに気づかないで働きに出てしまう。いよいよ、生活に困った時に金持ちの友達がその『明珠(みょうじゅ)』について教えたと言う話でございます。自分の長所、大切なものというものは自分では中々気づかない。大切なものは意外に近くにあるものである。という意味である。
             これは僧侶が悟りを得る時によく使われます。(続く)
             
            jimyouin * 大鐵 * 17:28 * - * - * - -

            2014年 5月21日(水) 僧侶 大鐵

            0
               縁の調味料

               「縁は異なもの。味なもの。袖触れ合うも他生の縁。躓く石にも縁の端くれ。独活が刺身のつまになる・・・。」落語を聴いているとこんなフレーズが聞こえてきますが、今回は縁について話したいと思います。
               縁といいますと男女の縁といいまして、男女の出会いで使われたり、縁が合った無かったと物事の良し悪しで使われたりしますが、元々は仏教の言葉「縁起(えんぎ)」が略されて「縁」となりました。お釈迦様は「此があれば彼があり、此がなければ彼がない、此が生ずれば彼が生じ、此が滅すれば彼が滅す」と仰っております。難しいかもしれませんが、花の種を植えたら、花が咲くわけではありません。種を植えてから、水を遣り、日光を浴び、栄養を与え、芽が出て、大きくなり、蕾が付き、花が咲く。この一連の過程が縁なのです。どれが欠けても上手くいきません。私たちも生きていくうえでは縁は欠かせません。
               私は4月に夜桜を見に連れ合いと一緒に近くの河川敷に行きました。ここは夜店が並んでおり、人ごみで溢れ返っていました。その中で、ベビーカステラが行列をなしておりまして、私たちも並んで待っていました。そこの店員さんは若い男性で女性客には非常に優しく愛嬌よく接していました。いざ私の番になると後から並んでいた女性客に対応し、私の番になったら、投げやりな態度でベビーカステラを私に渡しました。私は腹が立ち、その時食べたベビーカステラは非常においしくありませんでした。その時、私は思いました。ものの味は如何に美味しく作ろうとも感情次第で美味しくともまずくともなる。店員の態度もさることながら私の感情も良くなかったなと自分勝手に反省をし、私も他人に対して同じことをしては居ないだろうかと思い返したりもしました。縁次第で食べ物を美味しくともまずくともする。縁は調味料と同じと思いました。
              jimyouin * 大鐵 * 17:44 * comments(0) * - * - -

              坐禅はしてみるもんだ。

              0
                 皆さん、5月に入りますと永平寺の修行僧は外出せず、外部との連絡を一切絶ち、本格的な修行生活に入ります。これを結制(けっせい)と言います。他にも禁足(きんそく)とも言われます。期間は5月から8月までの約3ヶ月間。特に梅雨の時期をまたぐので、雨安居(うあんご)とも言います。ちなみにこの修行が終わると外部との連絡がとれます。丁度、お盆の時期に入りますね。これはこの修行と密接に関わっております。その話は後日します。
                 結制の時期、坐禅を最低3回は行います。一回の坐禅は約40分、これは九寸の線香一本が燃え尽きる時間です。だから、坐禅一回のことを1炷(いっちゅう)と言います。
                 坐禅のマニュアルは永平寺の開祖道元禅師様がお示しになりました『普勧坐禅儀』『坐禅用心記』に詳しく書いてあります。
                坐禅する時は
                ・静かな部屋ですること。
                ・飲食はほどほどにして食事を取りすぎないこと。
                ・雑念や仕事のことを忘れること。
                ・物の良し悪し、善悪を考えず、妄想はしないこと。
                ・仏に成ろうとして坐禅をしては成らない。
                という注意事項があります。
                昔は、足を組むしか方法がありませんでしたが、今では椅子坐禅もあります。どちらにしても集中して行ってください。
                 永平寺78代目住職の宮崎奕保禅師は「1分坐れば1分の仏、1日坐れば1日の仏。一生続ければ本物だ。」と仰っておりました。坐禅は続けることで見えるものがあります。


                 
                jimyouin * 大鐵 * 16:33 * comments(0) * - * - -

                新年度ですが・・・永平寺の話です。

                0
                  永平寺の建物の造りは七堂伽藍といいまして、7つのお堂に分かれて立っております。それ以外にも建物はありますが、今回は永平寺の建造物を紹介しましょう。

                  〇殻隋併位隋法未気鵑發鵝・・・永平寺の玄関。修行僧が入門するときと下山するときにしか通れません。庭の掃き掃除するときは脇の出入り口から出入りします。例外はありません。門には四天王様が奉られております。山門の上は羅漢堂があります。毎日11時頃にお経を読みます。1・15日には羅漢拝が行われます。

                  東司(とうす)・・・トイレのこと。東にあるトイレは東司。西にあったら西浄(せっちん)。修行では三黙道場と呼ばれる尊い場所の1つ。首座(修行僧のリーダー)になると。三・八日の掃除のときは必ず掃除しなくてはならない。

                  A瞭押覆修Δ匹Α・・・修行僧が修行するためのお堂。坐禅は勿論、食事、睡眠まで行う。三黙道場と呼ばれる尊い場所の1つ。この中には例外を除き修行僧しか入れません。入るときには儀式が御座います。

                  な殿(ぶつでん)・・・お釈迦様の木像が安置されている場所。他には達磨大師様像、永平寺唯一の檀信徒と言われている三菱の創始者岩崎弥太郎の位牌もあります。永平寺の公用車には三菱自動車が使われているのはその関係か?

                  ニ‘押覆呂辰箸Α・・・法要を行ったり、法話を行うお堂。道元禅師様の木像もありましたが。今は承陽殿という離れに安置されています。

                  Ω鳳 覆いん)・・・6階建ての建物。地下には掃除用具を管理する直歳寮(しっすいりょう)があります。
                  ・1階は典座寮(てんぞりょう)という厨房があります。
                  ・2階は仏具や修行僧の日用品の販売、管理を行なっております知庫寮(ちこりょう)があります。
                  ・3階は永平寺の行事や運営に関わる会議を行なったり、修行僧の人事に関わる業務を行なっている監院寮(かんにんりょう)があります。
                  ・4階、5階は倉庫となっております。

                  浴司(よくす)・・・お風呂のこと。4と9のつく日に入浴します。5日に1回です。夏の暑い日や重労働した日は淋汗(りんかん)といって汗を流す程度ならお風呂に入ってもいいですよ。という日があります。

                  ≪つづく・・・≫
                  jimyouin * 大鐵 * 10:23 * comments(0) * - * - -

                  永平寺は新到和尚(新入りの修行僧)さんが上山し

                  0
                     最近、漫画『味いちもんめ』に永平寺のことが紹介されていました。普段参拝者が入れない典座寮(厨房)まで描かれていましたので、恐らく以前に作者が取材で特別に入れてもらえたのでしょう。とにかく懐かしかった。

                     毎年2月中旬から4月にかけて福井県永平寺では新参の修行僧の受け入れに忙しい。ワシも平成13年に上山しました。そのときは本当に右も左も分からず、言われた通りにすべてを行うしかありませんでした。言葉が永平寺でしか使われないものが多く分からない。日常生活や衣の着方まで作法があるもんですので、その通り行わないと怒られる。もうてんてこ舞いでした。

                    簡単に永平寺の用語を解説しましょう。パート1

                    暫到和尚(ざんとうおっさん)・・・見習いの修行僧。上山から5月(約三ヶ月間)の間そう呼ばれる。5月に新到掛搭式(しんとうかたしき)を行い、見習い期間を終える。

                    新到和尚(しんとうおっさん)・・・1年目の修行僧。スリッパが白い。姿が初々しい。

                    古参和尚(こさんおっさん)・・・2年目以上の修行僧。スリッパが黒い。姿が堂々としてくる。顔が凛々しくなる。

                    客行和尚(かあんおっさん)・・・暫到和尚の研修期間の教育係のリーダー。

                    役寮(やくりょう)・・・元修行僧が修行僧の教育と永平寺の運営のため選任される。50歳以上が多く、老師(ろうし)と呼ばれる。学校で言うところの教員。衣が茶色。        

                    猊下(げいか)・・・永平寺の住職。貫主(かんしゅ)、管長(かんちょう)と呼ばれることもある。ちなみに副住職は副貫主としか呼ばれません。

                    続きは次回にこの意味が分かりだすと永平寺に参拝する楽しみが出来ますよ。
                    jimyouin * 大鐵 * 16:55 * comments(0) * - * - -

                    2014年 2月6日 僧侶 大鐵

                    0
                      来るなら来い 高祖承陽大師(終)

                       峰の色 谷の響きも 皆ながら 吾が釈迦牟尼の 声と姿と

                      これは永平寺のことを詠んだ道元禅師の道歌です。永平寺で坐禅をしていると、朝は「ピーピー」と小鳥が鳴き、昼は日光が優しく照りつける、夜は「ブッポウソウ」と木葉梟(このはずく)が鳴きます。

                       1246年に永平寺を開山して6年、色々なことがありました。鎌倉幕府のお膝元鎌倉に呼び出され、北条時頼と会見したこともありました。弟子が勝手なことをし破門したこともありました。夜の坐禅の度に修行僧に説法をしたことを一冊の本にした者もいました。弟子たちは決して多いとは言えませんでしたが、この深山幽谷にまで足を延ばし修行をしに来た志は誰にも負けないと自負しております。

                       1252年病に倒れ、弟子達にお釈迦さま最期の説法『八大人覚』をお説きになる。1253年永平寺を去り、京都の覚念邸にて療養生活に入る。治療の甲斐も空しく、9月29日に入滅される。享年54歳であった。

                      辞世の句(遺偈)

                      五十四年
                      照第一天
                      打箇ボツ跳
                      触破大千

                      無覓渾身
                      活陷黄泉
                      (私の人生はひたすら第一天、すなわち仏法を求め照らし続けてきた。この命この場から飛び起き、この迷いの三千世界をぶち破ろう。ああ。全身求めるものはもうなにもない。この人生で見続けてきた仏法を見続けてあの世に行こう。)

                       それから750年後
                      平成14年、今年は道元禅師様が入滅してから750回大遠忌であります。私は今、永平寺町の前にあるトンネルを抜けようとしている。いつもここを抜けると何だか故郷に帰ってた気持ちになる。深山幽谷での集団生活、良い事も悪い事も全て思い出だ。トンネルを抜け、天山が見えてきた。少しずつ門前町に近づく、私は胸がキュンとなってきた。田畑と永平寺川を越え、急カーブを慎重に曲がると「ようこそ永平寺町へ」の看板が我々を向かい入れる。さあ、門前町に到着だ。かいど、東喜屋の看板が良く目立つ。もう永平寺だ。『杓底の一残水』が私を来い来いと呼んでいる・・・。さあ、修行の再開だ。(終)
                      jimyouin * 大鐵 * 12:03 * comments(0) * - * - -
                      このページの先頭へ