亡くなったペットに供えた食べ物を、自分で処分しても良いですか?

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    2018年11月9日 僧侶 唯心

     

    亡くなったペットさんのお骨や位牌をお家で祀っておられた方が、四十九日の法要に来られた時に、お供えしていたペットフードや食べ物を、どうやって処分すれば良いかとお尋ねになりました。

    ご先祖様や人間の仏壇なら、お下がりとして自分たちで食べたりすることもできますが、ペットフードの場合なら、さて?

     

    他のペットさんに差し上げて食べてもらうという方法が、全ての方に可能であるとも限りませんし、また、かと言って、ゴミのように捨てるのも忍びないということで、その方は、慈妙院で「遺品供養」(お志し程度のお布施で預かって供養させて頂いた後、焚き上げる、もしくは品物の材質によっては処分)する、という方法を選ばれました。

     

    ただ、今後もそうしてお供えを続ける場合、毎度「遺品供養」にしなくても、今回は四十九日できっちりとお寺を通して供養を頼んで頂いたことですし、今後はお供え物に感謝の気持ちを込めて、ご自身で処分されるのも方法の一つですよと、申し上げておきました。

     

     

    慈妙院動物霊園

    0120-52-1059

     

    jimyouin * ペット供養 * 11:30 * - * - * - -

    行方不明になったペットさんについての後日談

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      2018年10月10日 僧侶 唯心

       

      先日に書かせて頂いた記事の補足です。

      行方不明になったペットさんのことを、もうおそらく生きておられないと考えて、供養の法要をできないかというご相談が、たまたま相次いだので、慈妙院に出仕される他のご僧侶方のご意見を仰いでみたところ、

      ・言われた通りにお経を読めば良い。

      ・生存安全祈願として法要を務めるべきだ。

      ・本来、動物は人間と違い、臨終に際して姿を隠すもの。人間の場合の同じような状況とは別に考えて、亡くなったものとしての追善供養をしても良いのではないか? 但し、四十九日以降に、とすれば、仏教の教えにも適うのでは?

      ・般若心経を上げれば良いのでは?

      ・観音経を上げる。この世でもあの世でも観音さまは我ら衆生を救って下さると観音経に書いてあるから、ペットさんが生きていても亡くなっていても、観世音菩薩の慈悲に預かるために、観音経を上げる。などの意見がありました。

      結局、四十九日を過ぎてもペットさんの行方が分からないままだったら、亡くなったものとしての追善供養を受けさせて頂くことにしよう、ということにになりました。

       

      その後、ペットさんが行方不明になって2日目くらいに、追善供養の依頼をなさった方がありました。

      きっと2日間であっても、その間のご心配は、筆舌に尽くせないほどの苦しみ悩みだったかも知れません。

      それでも四十九日間は待ってあげましょう。

      待つことも、ペットさんと縁のあった私たちの、務めなのかも知れません。

       

                                                合掌

       

      慈妙院動物霊園

      jimyouin * ペット供養 * 11:25 * - * - * - -

      行方不明になったペットの追善供養をすべきですか?

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        2018年9月14日 僧侶 唯心

         

        以前から時々あるご依頼なのですが、行方不明になったペットさんのことを、もうおそらく生きておられないと考えて、供養の法要をできないかというご相談が、たまたまこのところ相次ぎました。

         

        人間でも災害時などに行方不明になられた方を、亡くなったものとして供養するご葬儀や法要がないこともありませんが、その場合ですら私は多少の違和感を感じます。

        もし万が一生きておられたら、例えば極楽往生すべく回向させて頂いた読経や法要の内容が、まるで無駄であったり、空虚なものであったりということにならないでしょうか?

         

        そこで私は、慈妙院に出仕される他のご僧侶方のご意見を仰いでみました。

        ・施主の心に安心を与えるのが法要というものの趣旨だから、言われた通りにお経を読めば良い。

        ・いや、それれはおかしい。生存安全祈願として法要を務めるべきだ。

        という、二通りの意見を予想していましたが…

         

        大鐵和尚は、「本来、動物は人間と違い、臨終に際して姿を隠すもの。人間の場合の同じような状況とは別に考えて、亡くなったものとしての追善供養をしても良いのではないか? 但し、四十九日以降に、とすれば、仏教の教えにも適うのでは?」とのこと。

         

        龍叡和尚は、「般若心経を上げれば良いのでは?」と即答されました。

         

        私も例えば観音経を上げて、ペットさんが生きていても亡くなっていても、観世音菩薩の慈悲にすがる、即ちこの世でもあの世でも観音さまは我ら衆生を救って下さると、観音経に書いてあるのだから、と考えておりました。

         

        各ご僧侶方のご意見も参考にしつつ、ご法務に当たらせて頂きたく思います。

         

                                                  合掌

         

         

         

         

         

        jimyouin * ペット供養 * 11:58 * - * - * - -

        お盆の心配

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          亡くなって間もない、四十九日にならないペットさんがお盆に帰って来るのだとしたら、三途の川や色々な難関を抜けて極楽にたどり着いたはずのペットさんが、また元の道を通って苦しい試験を再び受けなければならないと思うと心配です、とのことでした。

          ご心配は要りません。
          三途の川だとか色々な場所というのは、あの世や極楽に向かうための道筋で、ゴールに辿り着くまでに四十九日の日数が必要です。
          その道は亡くなってから一度だけ通る道筋です。もう一度、同じ道を後戻りして、あの世の裁きを受けることはありません。

          極楽にたどり着いた方が仏さまになった後、お家に帰って来られる期間を「お盆」と言います。
          繰り返しますが、もう仏さまになった後ですから、四十九日までに通ったのと同じ道筋は通られません。
          今はもう、融通無碍に、自在に、あちらとこちらを行き来されます。

          ご心配されることも思いの表れだとは思いますが、どうぞ安心して、しっかりとお参りをしてあげてください。
          皆様のお参りが応援となって、亡くなった方は無事、四十九日目に極楽にたどり着き、仏さまになられました。

          仏さまには、もはや苦しみも心配あもありませんから、どうぞご安心ください。  

           

          本日の担当 慈妙院動物霊園 僧侶 唯心
           

           

           

          jimyouin * ペット供養 * 13:09 * - * - * - -

          亡くなったペットは帰って来ますか?

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            四十九日までは仮の仏さまです。

            悲しいけれど一所懸命お参りしてあげる、皆さまのその思いが功徳となって四十九日分積もって、四十九日目に無事、亡くなったペットさんは極楽往生、正式に仏さまとなって極楽(天国)にたどり着く、というお話をお参りの人たちにさせて頂いたら、一人の方が質問されました。

             

            ということはつまり、もううちの子は帰って来てくれないんですね?と仰るので、あれ?帰って来たら成仏してないわけですから、お気持ちは分からなくはないけれど、「帰って来てくれないんですか?」と残念そうに仰るのは、ちょっと微妙な質問では? と思った時に気がつきました。

            そうだ、お盆になったらペットさんが帰って来ます。

             

            お盆になると亡くなったご先祖さまやペットさんが帰って来ます。

            年に一度ではありますが、それを懐かしく、嬉しく祀ってさしあげるのが、お盆という行事の意味です。

             

            帰って来ないから成仏です。それはそれで有難いけれど、皆さんが亡くなったペットさんに会いたい気持ちも分かります。だからお盆があるのです。

            お盆にしか帰って来てくれないんじゃありません。

            仏さまになったペットさんはきっと極楽浄土でお忙しいにも関わらず、慈悲にあふれるのが仏さまですから、お盆になったら帰って来てくれるんです。嬉しいことではないですか?

             

            そういう風にその方にお伝えすることで、こちらも大事なことを教えて頂いた気がします。

             

                                                   担当 僧侶 唯心

             

            jimyouin * ペット供養 * 14:03 * - * - * - -

            ペット供養と初詣の話を再び

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              2018年1月9日 僧侶 唯心

               

              大鐡和尚が年末に慈妙院動物霊園でお葬式をされた方たちから「ペットが亡くなりましたけど初詣に行っていいですか?」という質問を、何度か受けたそうです。

               

              このブログでも回答して下さっていますが、和尚のお答えを簡単にまとめさせて頂くと…

              「昔から死=穢れという信仰があったから喪中に初詣に行かないという習慣が発生したと言われておりますが、穢れとは「気が枯れる」即ち近親者が亡くなり落ち込んだ状態を表しているので、そんな時に神社に参拝しても参拝に集中できないことから、無理しないでもいいですよという優しい慈悲の気持ちから来たのだと思われます。

              そもそも神社の参拝は今まで無事に過ごせましたという感謝の気持ちと恒久の平和を願って行うものなのですから、自分の気持ちが調っていないと願掛けも心から行えないで、気持ちが落ち着いてから初詣を行えばいいのではないでしょうか」

              …といったところです。

              多分どの宗派の僧侶にお聞きしても、仏教の立場からは似たような解答が導き出されるでしょうから、大鐡和尚は禅宗のお坊さんですが、簡潔に明快に答えてくださったなあと思います。

               

              さて、これとはちょっと違った質問を私も慈妙院で受けたことがあります。

              ペットさんの喪が明けて、もう初詣に行っても良いとなった時に、神様に対して亡くなったペットの冥福をお祈りしてもいいものでしょうかというご質問です。

              慈妙院は天台宗という宗派のお寺ですが、こちらでは「神様」と言う存在は、仏法を守護する生命体だと考えていますので、お坊さんが神社や神様をお参りするための作法があります。
              けれど、みなさんが初詣に行かれる時は普通の作法で結構ですから、いつも通り、初詣の時にお願いしていることがあるなら、それをお願いして、その上でペットさんの冥福も併せて祈りましょう。

              良いことを、良い言葉でお願いするならば、どんな言葉で祈ってもいいと思います。こちらのお寺でペットさんを供養をされている方ならば、それを踏まえて、初詣の時に神様にペットさんの冥福を祈ることも、仏教的に決して間違いではありません。
              「どんな言葉がふさわしいか自分で考える」ことも供養です。

              jimyouin * ペット供養 * 11:00 * - * - * - -

              犬の夢枕

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                慈妙院にペットさんの供養でお参りされてる方の中にも、亡くなったペットが夢に出てくると来ないとか、出てきてほしいのに、といった類のお話を、参拝者同士でされている方たちがおられます。

                 

                それは皆様それぞれの思いですから、それを小耳に挟んでも、とやかくは申し上げないのですが…

                 

                先日のことです。

                ある女性の方が質問されました。

                 

                「お家で寝ている時に、いつも亡くなった犬が肩を叩くんだと、知り合いの男性が仰います。どうしたものでしょうか?」

                 

                他の宗旨のある種の宗教家の方ならば、ペットさんが肩を叩く意味や、それならどうしなければいけないかを教えてくれるかもしれません。

                普通の人なら、単純にペットが会いに来たんだよとか、反対にそんなの気のせいだとか、言うかも知れません。

                 

                お寺の場合は違います。

                対機説法、応病与薬と言って、お医者さんが症状に応じて薬を出すように、同じ質問であっても、状況によって答が違います。

                犬に肩を叩かれるその方が、どんな思いでいるのか、嬉しいのか、怖いのか、戸惑っているのか、まずそこが大事です。

                 

                今度その男性ご自身が、その犬の法要のために来られるそうなので、もしも私が出仕している日にお越しになるならば、ぜひお話を伺いたいものだと考えています。

                 

                慈妙院動物霊園

                僧侶 唯心

                2017年10月25日

                jimyouin * ペット供養 * 11:21 * - * - * - -

                2017年6月21日   僧侶 唯心

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                  先日、慈妙院で法要をされた方が、その後、お電話で、どうしてお参りの時に本堂の灯りを暗くしてあったんですか? と質問されたそうです。他のご僧侶の担当の日だったので、心を集中するためですと、そのお坊さんが答えて下さったそうです。

                   

                  さて、今度は私が担当の日に、その方が法要に来られたので、どうしてそのようなご質問をされたのですか? と逆にお聞きしてみたら、ペットだからかなと思いまして、とのことです。

                   

                  ペットだからとは、どういう意味でしょう? 世の中にはペットと人の供養は同じではいけないと思っておられる方があります。

                  線香は半分でなければならないとか、動物のお骨を長く家に置いていてはいけないとか、そんな迷信がまかり通っています。

                   

                  ペットだから灯りは半分でいいんだ、というお考えなら、間違いだということをお伝えせねばならないと思って、「ペットだから暗くするとはどういう意味ですか?」とお尋ねしたら、「うちの子は猫だったんで、ペットは夜行性だからかなあと思いまして」とのことでした。

                   

                  そんな可愛らしい疑問だったのなら安心いたしました、なるほど、よくわかりました、でもそういう意味ではありません、あくまで心を集中するためなので、どうぞ可愛がっていた猫さんのために、しっかりお参りしてあげて下さいねと、申し上げておきました。

                  jimyouin * ペット供養 * 11:39 * - * - * - -

                  2017年5月30日   僧侶 唯心

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                    奥さんを亡くされた若いご主人が、みんなそろそろ前を向け、前を向けって言うけれど、どうやったら前を向けるんだよ、教えてくれよと、周りの人に当り散らしている映画がありました。

                     

                    お坊さんもよく、亡くされた方の供養をされている方に対して、「前を向く」という表現を使うことがありますが、そのシーンを見て、無造作にこの言葉を使うのは、気を付けなければいけないなと思ったものです。ただ一つ言えるのは、世間では前を向くってどうすればいいのと聞かれた時に答に窮して終わりかも知れませんけれど、お寺にはその答があるということです。

                     

                    正しい形に則ってお参りをしていると、自分が前を向こう、などと意識していなくても、いつの間にか心が調い、自然と心が前を向いている、お寺のお参りというのは、そういうものです。仏さまの教えというものは、そういうものです。

                     

                    どうかご安心なさってください。しっかりとお参りさえしていれば、ペットを亡くしたあなたの辛いお気持ちも、ペットさんを供養してあげようというあなたの優しいお気持ちも、すべてが功徳となって積み重なり、ペットさんの供養を、自動的に、自然に前へ前へと進めて行くのです。

                     

                    慈妙院動物霊園

                     

                     

                    jimyouin * ペット供養 * 16:38 * - * - * - -

                    2017年3月6日   本日の担当 僧侶 唯心

                    0

                      大きな大きな仏像をご本尊にしているあるお寺に出入りしている花屋さんが、今度、大法要があるので金額を倍にするから、いつもより大きなお花を供えてくださいと、お寺の人に言われたそうです。

                       

                      その花屋さんはいつも心をこめて立派なお花を美しく仕立ててお届けしていましたので、「いくらがんばってもご本尊様の大きさには勝てません。いつも以上に丹精こめますから、いつものサイズで生けさせてください」と答えたそうです。

                       

                      そう、大事なのは気持ちです。

                      そしてその気持ちをどんなふうに表すか、そこが大事なところです。

                       

                      ペットが生きていた時に好きだったから、それをお供えしてあげるのが気持ちを表すことじゃないか、何が悪いんだと言って、ご遠慮いただく決まりになっているペットの合同墓地に食べ物を供えて帰る、というのは、やっぱり良い行いではないわけです。

                       

                       

                      あるいは、お家にあるペットのお骨や仏壇に何をお供えすればいいですか?という質問を、よく受けます。

                      お水は上げた方がいいですか? お線香は? 好きだった食べ物は?

                       

                      何を上げなければいけないとか、何を上げてはいけないよりもまず、何をしてあげられるかを、考えることが大事です。

                      まずは手を合わせてお参りすることが何よりのお供えです。

                       

                      これは理屈ではなくて、本当に大事な供養の核心です。

                      「供養」という字に「供える」という言葉が含まれているのは、そのためです。

                      まずはとにかくお参りしましょう。すべてのお供え物は、そのあなたのお気持ちを目に見える形で表したものなのです。

                       

                       

                      慈妙院動物霊園

                      jimyouin * ペット供養 * 12:21 * - * - * - -
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