猫の隣り

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    2018年10月26日 僧侶 唯心

     

    ペットさんの葬儀の後に、四十九日までの白木位牌をを位牌壇に安置してください、前の方の位牌の隣りに並べてくださいねと、喪主さんに申し上げたら、その方がハッと息を呑んで身を引かれました。

    前の方は猫を亡くされた方だったので、位牌に猫と書いてありました。

    喪主さんが、うちの犬は猫が怖くていつも怯えていました、どこか他の場所に安置できないでしょうかと仰るので、仏さまの世界では恐怖も争いもありません、どなたも四十九日までは仮の仏さま、四十九日過ぎたら正式な仏さまで、共に慈悲を学び修行する仲間ですからご安心頂いて大丈夫ですよと申し上げて、そのまま隣にご安置いただいたら、了解なさった喪主さんが、しっかりと心を込めてお参りしてくださいました。 

     

    慈妙院動物霊園

    jimyouin * 四十九日供養 * 16:53 * - * - * - -

    四十九日供養に関する覚え書き

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      大鐵和尚からお題を頂きました。

      前回のこの「慈妙院動物霊園 スタッフブログ」に、大鐵和尚が「四十九日供養」のことを書かれていました。

      四十九日に関する説明を、難しすぎず、かと言って口当たりが良いだけの、読む方に媚びただけの、いい加減で舌足らずな言葉でなく、きちんと説明できますか、良ければこのブログで一度改めて書いてみてくださいとのことでした。

       

      改めて、という大鐵師のご意向には反しますが、以前に書いた四十九日に関する私のブログをここに採録しておきます。

      実を言うと、四十九日に関するご質問は私もこの慈妙院でよく受けるので、このブログに「四十九日供養」というカテゴリーを設けさせて頂いていました。

      大鐵和尚の前回のブログも、このカテゴリーに今日私が登録しておきました。

      では僭越ながら、拙ブログの採録をご笑覧頂ければ幸いです。

       

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      ペットを亡くしてひと月くらいの方が、まだ四十九日にならないのに、「精入れの済んだ黒位牌が出来ました」と言われたそうです。

      さあ、その方は、黒位牌を手にして悩んでしまわれました。四十九日まではまだ仮の仏さまで、四十九日目に成仏する、だからそこで黒の本位牌に精が入るのだと思っていたのに、なぜ今日? 私が今日お参りしたことが功徳になって精が入ったの?

      そうではありません。精が入るというのは実は仏教用語ではありません。魂が位牌に入ったり位牌から抜けたりするのではありません。

      この位牌はおもちゃやままごとや自己流で勝手に作った品ではなく、ちゃんと仏さまの教えに則ってお祀りするための道具です、ということを確かにするために、俗に言う「精入れ」=「開眼作法」という儀式を、お寺にしてもらうのです。

      亡くなったペットさんは、亡くなった瞬間から極楽におられます。ただし四十九日までは、まだ修行期間で、四十九日目から無事、一人前の仏さまになられます。

      それを目に見える形で表したのが白い位牌と黒い位牌なので、たとえいろんな事情でその二つが並存することがあっても、仏さまの世界での状況に、なんら揺らぎはないのです。

       

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      四十九日に関するご質問が多いのは、皆さまがそれだけ亡くなったペットさんの行く末を、真剣に考えておられればこそだと思います。そしてそれこそが、「供養」というものの、スタートラインなのですが、またさらに詳しい四十九日のご説明に関しては、追い追いにご説明させて頂きたいと思います。

       

                 本日の担当 僧侶 唯心

       

      ※下の「四十九日供養」というカテゴリー名をクリックして頂くと、四十九日に関する過去記事をご覧頂けます。

      jimyouin * 四十九日供養 * 17:47 * - * - * - -

      四十九日の白木の位牌

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        2018年3月13日(火) 僧侶大鐵

         

         「四十九日になるとこの白木の位牌から黒位牌に移るのですか?」

        こんな質問をお昼の勤行が終わったあと受けました。私は「あくまで白木の位牌は四十九日までで、そのあとのことは分かりません。別に見たわけでもありませんので・・・。」という回答をしたのですが、このあまりのも冷たい対応に罪深さを感じたので四十九日を意味を私が教わったことを中心に話したいと思います。辞書やウィキペディアと見解が違っても苦情は言わないように。

         そもそも仏教の葬儀とは半分は得度式です。要するに僧侶になるための儀式です。もう半分は死者を弔う儀式です。そして四十九日とは私の修行したお寺で、まず、修行すると最初に見習い期間があり、その建物が白い造りの部屋に入れられ、坐禅やお経、作法、所作を徹底的に仕込まれます。その期間が約49日間で禁足といわれております。そこが由来なのではないでしょうか?見習い期間が終わると本格的に先に入った修行僧と混じって修行を行います。亡くなった方はお釈迦様の元で一緒に修行するという設定ですので、僧侶と同じ段階を踏むのです。

         しかし、私は実際に死んだ方がどのような世界に行くかもどんな生活をするかも分かりません。ですからあくまで伝承に過ぎないのです。白木の位牌から黒位牌に移るということは魂や霊的なものが移るというこで話しておられると思いますが私は実際に移るところを見たこともありませんのではっきりしたことは申し上げることはできません。しかし、これからこのような質問があった場合私はこう答えたいと思います。

         「白木の位牌から黒位牌に魂が移ったどうかは分かりませんが、あなたの気持ちが次の段階に移った証となります。四十九日間は亡くなったことに悲しんだり、思い偲んだりしておりましたが、これからは生きたという証を旨に自分がどう生きていくか?どう生きたら亡くなった方々、ペットの供養になるかを考えて生きていかねばならない段階に入ったということです。お参りするばかりが供養ではありません。自分が周りに心配かけずに元気よく生きることも1つの供養になるのです。供養にも他に色々な形があることを考えて生活してみてください。」

         

        jimyouin * 四十九日供養 * 14:32 * - * - * - -

        お寺では「虹の橋」のことを、どう考えていますか?

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          天台宗のお寺である、ここ慈妙院で、お参りの方から「虹の橋ってあるんでしょうか?」という質問を受けました。

           

          「虹の橋」については、説明するまでもないでしょう。

          皆さまが「虹の橋」があればいいのに、「虹の橋」でまたペットと会えればいいのに、とお思いになるお気持ちは、重々よく理解できますが、100%お寺の考えと同じではないですよと、お答えしようと思った時に、ちょっと気が付きました。

           

          例えば天台宗で亡くなった後に行く所とされているのは、「極楽浄土」です。

          きれいな池があって、宝石で飾られた欄干があって、みたいな描写がお経にはありますが、名前が違うだけで、そこが「虹の橋」である可能性もあるのではないでしょうか?

           

          ただ、「極楽」という所が「天国」や「虹の橋」と違うのは、私たちこの世に残された者がしっかりとお参りすることによって、それが功徳となって、亡くなった方やペットさんの成仏に繋がるというところです。

          (難しい言葉では、「己心の弥陀、唯心の浄土」と言います)

           

          もし、この考えにさえ同感いただけるのならば、その行く先が「極楽」であっても、「虹の橋」であっても、呼び名が違うだけだということになりますから、決して相反する考えではないと言えるかも知れません。

          そう思って、お寺にもお参りいただくのは如何ですか? と申し上げたら、ご質問された施主さんは、とても喜んでくださいました。

           

            本日の担当 僧侶 唯心

           

          慈妙院動物霊園

          jimyouin * 四十九日供養 * 11:16 * - * - * - -

          2017年5月1日  僧侶 唯心

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            ペットさんが亡くなって四十九日目が満中陰、100日目が百か日、1年目が一周忌、まる2年目が三回忌、まる6年目が七回忌です。

             

            その後は十三回忌、十七回忌、二十三回忌、二十七回忌、三十三回忌というふうに、3と7の付く年に年忌法要をするのが正式です。

             

            四十九日まではまだ仮の仏さまで、皆様のお気持ちが49日分積もって、満中陰の日に無事極楽往生、正式に仏さまとなってペットさんは極楽浄土にたどり着かれます。

             

            とは言うものの、こちらの気持ちが四十九日でぴったり癒えるとは限りません。一周忌の法要でさらに心を調えるまでにはまだまだ日があるのに、何でしょう、このつらい気持ち、どうしようもない悲しさは。

             

            そんなくらいの微妙な時期に行う法要が百か日の法要です。人間の法要でも、百か日はご家族だけで行うことが多いのですが、それは100日目というのが本当に近しい人たちが悲しむ日だからなのかも知れません。

             

            そして先ほども言いましたように、1年目が一周忌、まる2年目が三回忌、まる6年目が七回忌というように、法要を行う期間は少しずつ少しずつ長くなって行きます。

             

            日にちが経てば悲しみが癒えるとは必ずしも限りませんが、少しずつ少しずつ、ゆっくりとお参りしていれば、少しずつまたゆっくりと、段々心が調って少しは心が軽くなって行く、その行程と供養の深まり度合いというのは正しくぴったりと比例するものです。

             

            なぜ3と7の付く年に法要を行うようになったかは諸説ありますし、私にもわかりませんが、心を癒すための絶妙なタイミングを、昔の人たちが自分たちの経験に即して決めておいてくれた目安が、年忌法要なのだと思います。

             

            慈妙院動物霊園

             

            jimyouin * 四十九日供養 * 14:26 * - * - * - -

            2015年11月9日   僧侶 唯心

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              ペットを亡くしてひと月くらいの方が、まだ四十九日にならないのに、「精入れの済んだ黒位牌が出来ました」と言われたそうです。

              さあ、その方は、黒位牌を手にして悩んでしまわれました。四十九日まではまだ仮の仏さまで、四十九日目に成仏する、だからそこで黒の本位牌に精が入るのだと思っていたのに、なぜ今日? 私が今日お参りしたことが功徳になって精が入ったの?

              そうではありません。精が入るというのは実は仏教用語ではありません。魂が位牌に入ったり位牌から抜けたりするのではありません。

              この位牌はおもちゃやままごとや自己流で勝手に作った品ではなく、ちゃんと仏さまの教えに則ってお祀りするための道具です、ということを確かにするために、俗に言う「精入れ」=「開眼作法」という儀式を、お寺にしてもらうのです。

              亡くなったペットさんは、亡くなった瞬間から極楽におられます。ただし四十九日までは、まだ修行期間で、四十九日目から無事、一人前の仏さまになられます。

              それを目に見える形で表したのが白い位牌と黒い位牌なので、たとえいろんな事情でその二つが並存することがあっても、仏さまの世界での状況に、なんら揺らぎはないのです。

              慈妙院動物霊園
              jimyouin * 四十九日供養 * 13:42 * - * - * - -

              2015年10月24日   僧侶 唯心

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                先日、このブログに書いたことと重複しますが、最近、複数の方たちから、亡くなったペットさんが、死後にあの世で苦しい試練や辛い裁きに遭うそうですが、そのことを思うとこちらが辛くて苦しくて、というご相談を受けました。

                どこかでそんな説明が流行っているのでしょうか? 昔の日本では地獄極楽の絵解きが盛んで、人々が死後観をきちんと持っていた、けれど今の人にはそれがないから現代人はこうなってしまった、ああなってしまったなどと、お偉い「文化人」の方たちがよく言っているにも関わらず、案外、今の人たちは、ネットで物事を調べては、昔ながらのあの世観に怯えながら、ああでもない、こうでもないと悩んでおられるようです。

                何度も言いますが、亡くなれば、人も動物も極楽往生で仏さま、ただ四十九日まではまだ仮の仏さまなので、皆様のお参りが応援となって、四十九日目に無事亡くなった方やペットさんは一人前の仏さまになります。

                いやちがう!とか、或いはそれはお前の宗派の考え方じゃないはずだ、○○宗だけの考えじゃないのか!?などと仰る方があるかも知れません。

                でも考えてみてください。そう仰る皆様方は、本当に昔ながらの地獄極楽絵図そのままのあの世を、そのまま信じておられるのですか? よしんばそれが実在するとして、その世界を見たり感じたりしたことがあるのですか?

                それに比べて、皆様が悲しいけれどがんばって、しっかりとお参りしていれば、少しずつ心が軽くなる、そのことと、ペットさんが供養されている、成仏しているということが、別のことじゃなくて、同じことだ、繋がっているんだということが、だんだんと分かってくるというこの感覚は、皆様がお参りする中で、実際に身体で感じられるものなのです。

                ペットさんが亡くなられてからの四十九日間の道中は、皆様のお参りの気持ちと共に進んで行く、裁きや試練よりも、もっと着実な一歩一歩の歩みです。

                だから安心して、お参りを続けてあげてください。


                慈妙院動物霊園
                jimyouin * 四十九日供養 * 11:58 * - * - * - -
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