結果は勝ち負けのみ

  • 2015.07.07 Tuesday
  • 13:13
 本日、7月7日火曜日ですが、七夕だというのにあいにくの雨模様ですね。ワシが生まれてこの方、七夕が晴天だったことは数えるほどしかありませんでした。七夕の天気と男女の出会いは本当に希少価値の高い縁を感じます。運命の出会いというものを七夕は象徴していると思います。
 昨日、サッカーワールドカップの決勝が行われました。なでしこジャパンVSアメリカ(女子)で2大会連続で行われました。オリンピックも合わせると3大会になります。皆さんの中にはテレビで観ている人、観戦した人もいたのではないでしょうか?ワシもテレビで観たかったのですが、生憎と仕事があり、所々しか、観てはいなかったです。結果は2−5で負けはしましたけど、世界で2位となりました。ワシは残念な気持ちと頑張ったなという気持ちが入り混じってます。ニュースを見るたびにやはり悔しい気持ちが溢れてきます。
 スポーツというものは何故こんなに人々を厚くさせるのでしょうか?
【回 答 例】
‐”蕕砲海世錣辰討い襪ら。勝ち負けがはっきりしているから。
∩手が諦めないで、最後まで戦うから。
ハングリーからスタートするから。出世するから。
ぬ槁犬妨かう。目標に達する。目標に達した後。ドラマチックだから。
ゥ┘鵐拭璽謄ぅ瓮鵐叛があるから。
ワシの回答は当たってますか?
 一般的に負けたら、終わり。結果が全てといわれますが、どんな戦略も技術も勝ったから皆が納得するわけで、負けた人が戦略や技術を言っても評価されないのが現実です。でも、ワシは僧侶として、結果よりも過程を評価したい。どんなきれいごとを言っても、スポーツは練習に費やした時間に左右されます。才能はあるかも知れませんがそれは練習の中から培われるものでありまして、その競技から離れた人は何も言われませんと思います。
 競技中の勝ち負けでその人を評価するのは当たり前、でも、終わった後、競技から離れた後にこそ、本当の勝負の行方があります。選手生命のピークは平均30代いけば長いほうです。会社員なら、これからという時期に引退します。
 僧侶はいわゆる世間で言う勝ち組に褒めに行くのが役目ではありません。人に平等に接するのが役割です。本当は挫折、悲しみに寄り添うのが勤めではないでしょうか?

 
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