行方不明になったペットの追善供養をすべきですか?

  • 2018.09.14 Friday
  • 11:58

2018年9月14日 僧侶 唯心

 

以前から時々あるご依頼なのですが、行方不明になったペットさんのことを、もうおそらく生きておられないと考えて、供養の法要をできないかというご相談が、たまたまこのところ相次ぎました。

 

人間でも災害時などに行方不明になられた方を、亡くなったものとして供養するご葬儀や法要がないこともありませんが、その場合ですら私は多少の違和感を感じます。

もし万が一生きておられたら、例えば極楽往生すべく回向させて頂いた読経や法要の内容が、まるで無駄であったり、空虚なものであったりということにならないでしょうか?

 

そこで私は、慈妙院に出仕される他のご僧侶方のご意見を仰いでみました。

・施主の心に安心を与えるのが法要というものの趣旨だから、言われた通りにお経を読めば良い。

・いや、それれはおかしい。生存安全祈願として法要を務めるべきだ。

という、二通りの意見を予想していましたが…

 

大鐵和尚は、「本来、動物は人間と違い、臨終に際して姿を隠すもの。人間の場合の同じような状況とは別に考えて、亡くなったものとしての追善供養をしても良いのではないか? 但し、四十九日以降に、とすれば、仏教の教えにも適うのでは?」とのこと。

 

龍叡和尚は、「般若心経を上げれば良いのでは?」と即答されました。

 

私も例えば観音経を上げて、ペットさんが生きていても亡くなっていても、観世音菩薩の慈悲にすがる、即ちこの世でもあの世でも観音さまは我ら衆生を救って下さると、観音経に書いてあるのだから、と考えておりました。

 

各ご僧侶方のご意見も参考にしつつ、ご法務に当たらせて頂きたく思います。

 

                                          合掌

 

 

 

 

 

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