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ペットへの後悔

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    ペットさんのお葬式に来られた方が、「自分の飼い方が悪かったせいで、ペットの寿命を縮めたかも知れない」と後悔されて、お寺に質問して来られました。

     

    その飼い方が物理的にどうであり、それが正しかったか良くなかったということは、仏教的に言って、実は重要な事ではありません。

    お寺の考えでは、一切の後悔は不要です。

    もっと他にも、ペットが亡くなる前にこうすれば良かった、ああしなければ良かったと思うことはたくさんあるかも知れません。

    しかし、一切の後悔は不要です。

     

    仏教において、既にしてしまった良くないことは今後しないように務める、既にした良いことはまたするように務める、ということは大事ですが、既にしてしまった行為に対して、ああでもない、こうでもないとあれこれ考えることは、考えが堂々巡りするばかりで、供養にとっては大きな妨げとなります。

     

    それよりも今からできる良い行いを、これからは重ねる努力をしてみましょう。亡くなったペットさんについて言うならば、例えば様々な形で供養やお参りをしてあげるのも「良い行い」です。

     

    そうして供養を続け、自分の心が少し落ち着き、ペットの成仏を実感できるようになった時に、最初の頃の後悔が、さほど重要な事ではなく、自分の心が作り上げていた苦しみに過ぎないことが分かってきます。一切の後悔が不要だというのは、そういう意味です。

     

    慈妙院動物霊園

    jimyouin * ペット供養 * 14:26 * - * - * - -
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